第4話 ギャルが優しい

 あれから、ずいぶんと時間が経った。

 清水さんはどこかへ行って不在。

 ……それにしても、あんな自由に動けるだなんて本当に目が見えないのだろうか。

 不思議だ。


 実は見えているのでは?


 そんな疑問が浮かび上がる。


 病室のベッドで寝ていると久しぶりに医院長がやって来た。



「やあ、岩谷くん。気分はどうかな」

「かなり良くなりました。なんか骨折がウソみたいな、そんな感じがします」

「まあね、君の回復力が凄いんだよ。でもね、医者としてはまだ入院していて欲しい」

「……分かりました。ところで清水さんのことなんですが」

「ああ、彼女かね。なにかあったかい?」


 俺は目の見えないはずの清水さんのことを話した。


「おかしいんです。なぜか見えているような動作で……」

「そ、それは……」

「なにか知っているんですか?」


 医院長はなぜか言葉に詰まり、動揺していた。

 なんだ、なにを隠しているんだ?


「……仕方ない。話すしかないようだね」

「やっぱり何かあるんですね」

「実はね、彼女は目が見えるし、病気ではないんだよ」

「え……」

「もっと別の病に掛かっていてね」

「そうなんですね。それはいったい」

「すまない。これ以上は言えない」


 深刻そうな表情で医院長は溜息をついた。

 目の病気じゃなかったのか。

 つまり、アレは誤魔化し。

 本当は別の病気があったんだ。

 でもなぜ、そんな隠す必要が……いや、あるんだろうな。


「分かりました。話してくれてありがとうございました」

「いいんだ。岩谷くんとあの子の為だからね」


 そう言って医院長は微笑んで立ち上がった。

 背を向けて病室を出ていく。


「……ありがとうございます」

「いや、ただ……すまないと思っている」


 ……え?

 なぜ謝るんだ?



 ◆



 清水さんは今日も俺の世話をしてくれる。

 目の見えないフリは続いている。

 けど、いろいろツッコミたくなるんだよなぁ。


「どうしたの、岩谷くん」

「いや~、器用だなって」

「そうかな。目が見えなくても感覚を掴めば余裕だよ。ほら、エコーロケーションと言って音の反響で空間とか物体を認識するの。コウモリとかイルカの特性ね」


 へえ、そういえば動物には特殊な能力があったな。


「もしかして、そのエコーロケーションを鍛える為に目を隠しているの?」

「うん、半分はね。でも見えないのは本当だよ」


 おかしいな。

 医院長は“見える”って言っていたけどな。いったい、どっちが本当なんだ? ……まあでも、本人が言うのなら“見えない”が正しいのかも。


「そっか。清水さんがそういう特殊能力を鍛えているとは知らなかったよ」

「面白いでしょ。人間の脳なんて数パーセントしか使われていないからさ、いろいろ鍛えようがあると思うんだ」


 だからって視覚を失くす必要はないとは思うけどなぁ。


「ところで昼頃、誰かと会わなかった?」

「……なんのこと?」

「ほら、例えば……島田さんとか」

「…………」


 なぜか黙る清水さん。

 やっぱり知っているんだ。

 会っていた可能性が高い。


「教えてくれ」

「……分かった。岩谷くん、遊ばれていて可哀想だから」

「え」

「島田さん、分かっていて君をからかっているんだよ」

「そんな……」


 やっぱり清水さんは、島田さんと会っていたんだ。

 あの叩くような音も、きっと島田さんにビンタでもしたとか、そんなところだろう。俺の為にな。


「ごめんね、言わなくて。……許せなくて」

「でも、俺と清水さんって同じ学校だっけ」

「学校は同じ。クラスが違うんだよ」

「えっ、マジで……全然気づかなかった」

「中学の頃、一緒だったんだよ。覚えてないだろうけど」

「な、なんだって!?」


 俺と清水さんって中学の頃、同じ学年だったのかよ。……そう言われると清水って女子がいたような気が。でも、かなり地味で今とは雰囲気が違う。


 当然か……。


 あれから三年以上は経過している。

 それに、今の清水さんはギャルになっている。

 違ってあたりまえなのだ。


 そっか、そうだったんだ。


 少し真実に近づいてきた気がする。


「でね、島田さんは……やめた方がいいと思う」

「……そうだね。誰かと付き合っているみたいだし」

「うん、これからはあたしが面倒見てあげるから」

「それは嬉しいな」

「でしょ。じゃあ、なんでも言ってね」


 顔を近づけてくる清水さん。良い匂いがして頭がクラクラした。

 なんでも……か。

 なにを注文していいのか悩むな。


 でも本当に嬉しい。

 こんな散々な俺の為にここまでしてくれるなんて。


 こんなに優しいギャルはいない。


 生きる目的が出来つつあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る