第3話 入院生活のはじまり ギャルが俺の世話してくれる

 望んでもいない入院生活がはじまって三日。

 清水さんは変わらず身動きできない俺に構ってくれた。世話をしてくれていた。


 こういうのは普通、女性看護師の仕事だとは思うんだけど、なぜか俺の面倒は清水さんがしてくれた。


 食事を食べさせてくれたり、着替えさせてくれたり……。一緒にアニメを見たり、ゲームをしたり……。


 嬉しいことに、島田さんとは出来なかったことが、今ではあたりまえになっていた。……島田さんか。今はどうしているんだろうか。

 スマホがないから連絡も取れないや。

 したところで絶望しかないけど。


 それに。


 どうせ、両手両足もまともに動きやしない。

 しばらくは身動きできない。

 一ヶ月以上は入院生活だ。

 このままだと夏休みが潰れるな。


「……はぁ」

「どうしたの、岩谷くん。深い溜息なんてついて」

「いやぁ、動けないって辛いなって」

「分かる。だるいよねえ」

「けど、清水さんと出会えて良かったよ」

「ちょ、それを面と向かって言われると照れるって」


 頬を紅潮させ、焦る清水さん。

 これまで嫌な顔ひとつせず、笑顔で俺と接してくれている。人生でこんなに優しくしてもらえたことはない。感謝しかない。


「学校のことを忘れられるし、本当だよ」

「そういえば振られたんだっけ」


 俺は少し前に、清水さんに失恋のことを話した。

 島田さんという隣の席のギャルがいたこと。意気投合したことを話した。でも、彼女には彼氏がいた――と。


「ああ……でも、今は清水さんとの時間がとても楽しいよ」

「嬉しい、ありがと」


 本当に嬉しそうに微笑む清水さん。


「聞いていなかったけど、清水さんはなんで入院しているんだい?」

「秘密。でも、悪い病気じゃないよ」

「そうなのかい?」

「心配しないで。それより、しばらく学校行けないんじゃ大変だろうし、あたしが勉強を教えてあげるよ」


「えっ、清水さんが!?」

「嫌なの?」


「嫌じゃないけど、でも勉強かぁ……」

「しないと留年になっちゃうでしょ」


 それもそうだけど、入院中くらいは勉強のことは考えないでおきたかったなぁ。

 でも、清水さんが先生をしてくれるのなら最高だ。


 今日から勉強も見てもらうことになった。



 ◆



 一週間後が経った。

 長い長い入院生活は続くが、少しずつ体と体調もよくなっていた。

 どうやら、医院長によれば俺の回復力は常人の“三倍”も早いようだ。なんだ、その無駄な特性。まるでファンタジーの回復力三倍みたいな。

 そんな能力よりも、便利な魔法とか使えたら良かったのに。


 今日は清水さんの姿がない。


 静かな病室だ。


 空も曇っていて天気は良くない。

 つまらないなぁ……なんて感じていると、病室の扉をノックする音が耳に入った。



「……? どうぞ?」



 応答すると扉が開き、見覚えのある人物が病室内に入ってきた。



「入るね」


「――――ッ」



 その顔を見て俺はビックリした。


 なんで……どうして。


 複雑そうな表情で向かってくる島田さんの姿があった。制服だから学校帰りか。


 いや、そんなことよりも……どうして。



「驚いたよね。直ぐ来れなくてごめんね。岩谷くん」

「島田さん、お見舞いに来てくれたんだ」

「あたりまえじゃん。でもね、大事故って聞いて……面会謝絶だったし、直ぐに来れなかったの。本当にごめん」



 目尻に涙を溜める島田さん。……なんだろう、俺を本気で心配してくれている。

 けれど君は……もう。


 今はよそう。


 少なくとも俺を気遣って来てくれたのだから。



「ありがとう。手足は動かせないけどね」

「酷いケガだね。治りそう?」

「んー、複雑骨折らしいからね。まだ掛かるよ」

「そうなんだ。これから毎日お見舞いに来るね」


 どうしよう。

 表情カオには出していないけど正直、今も動揺している。

 どんな顔をしているか分からない。

 話すだけで辛い。


 あの時、あんな光景を見てしまったのだから……。


 島田さんが誰かと交わっている、あの瞬間を。


 思い出すだけで吐き気がした。


「……うっ」

「大丈夫!?」

「だ、大丈夫だよ。すまないけど今日は帰ってくれ」

「分かった。また来るね」


 追い出すようにして申し訳ないと思いつつも、今はこの方がいいと思った。

 精神的にもこの方が良いんだ。


 そうして、島田さんは俺の病室から出ていった。


 静けさが戻って数秒後。


 外で『バシッ』と叩くような音がした。



 なんだろう?



 ちょうど病室の廊下で誰かと誰かが言い合っていたような。

 疑問に思っていると、今度は清水さんが入ってきた。



「あれ、清水さん」

「…………ッ」



 清水さんの様子がおかしかった。

 怒りに震えているような。

 ……これはかなり怒っているぞ。

 珍しいな。


「なにがあった?」

「……なんでもない」


 そんなハズはないと思う。

 島田さんが廊下へ出た瞬間、なにかあったんだ。

 もしかして、清水さんと島田さんは知り合いなのか? けど、同じ学校だっけ。そういえば、その辺りを聞いた事がなかった。


 ふと窓を覗くと、病院から出ていく島田さんの姿があった。



 え……。



 あの男は誰だ?



 島田さんは男と手を繋ぎ、楽しそうに去っていく。



 は……?



 しかも、キスまでしていた。

 男はこちらをチラリと見て歩いていく。



 くそ、くそ……くそォ!!

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