第2話 地獄の中の天使 ギャルが優しい

 頭を抱えた。頭痛がする。眩暈めまいがする。

 死にそうなほどに吐きそうだ。


 そんなハズはない!

 教室の中で起きていることは幻だ……。こんなのは現実リアルなんかではない!


 そうだ。俺は夢を見ているんだ。

 頬をつねってみるけれど――痛かった。


 現実だ。

 これは現実なんだ。


「……島田さん、ウソだろ」


 手足が震え、もうどうしたらいいのか分からない。

 教室の中ではパンパンと激しい音が響く。


 まさか……そんな。



 うああああああああああああ…………!!!



 俺は心の中で叫び、発狂した。

 もうこの場所にいたくない。


 逃げることしかできなかった。



 涙がボロボロとあふれ出た。なんでこんなに悲しいんだ。くそっ、くそっ、くそがッ!!



 学校を飛び出して、俺は闇雲に走った。


 あの笑顔はウソだったのか……!?


 俺はしょせん、その程度ってことなのか。



 目の前が真っ暗になりながら歩き続けていると、突然、大型のトラックが接近。完全に油断していた。


 ……あれ、俺は道路の上を歩いていたのか。



 鼓膜が破壊されそうなほどクラクションが響く。


 やべ、避けれねえ……!



 気づいたときには俺はトラックにかれていた。



 宙を舞い、どこかへ激突。

 そのまま意識を失った。


 ああ、こんな時に不幸が発動か。

 不幸うえに不幸。もう地獄だ。


 このまま消えてしまえるのなら……それならそれで。




【一ヶ月後】




 大型のトラックにかれた大事故だった。

 医者には死んでもおかしくはない状態だったと言われた。

 なのに俺はこうして意識を取り戻し、病院のベッドの上にいた。……そうか、死ななかったのか。


 こんな悪運だけは強い。


 放心しながらも俺は医者の問いかけに耳を傾けていた。



「岩谷くん、君は運がいい。普通は即死なんだけどね、両手両足の複雑骨折だけで済んだ。前の火事といい、実は運がいいんじゃないかな」



 そんなはずはない。

 こんな目に遭ったし、島田さんは誰かと付き合っていたみたいだし、こんな不幸なことはない。

 あのまま死ねたらどんなに良かったか。



「……好きな人に振られてしまいました」

「身も心も重症なわけだね。残念だが、私が治せるのは体の方だけだ。自分を大切にするんだよ」


 そう言って中年の医者は行ってしまった。

 確か、この総合病院の医院長だったはず。

 俺の親も看てくれているはずだ。


 そうか、俺はまたこの病院のお世話になっていたのか。しかも、今度はベッドの上で過ごす羽目になるとは。


 なにもやる気が起きない。


 虚無だ。


 学校だとか島田さんのことなんて……もうどうでもいい。世界が消えてなくなってしまえばいい。


 でも、消えることはない。

 だから俺は幽霊のように脱力していた。



「――ねえ、そこの君」



 声がした。



「……」

「ねえってば」



 また声がした。

 女の声だ。

 多分、若い。


 でも、顔を見る気力もなか――。



「………………ぁ」



 思わず声が出た。

 俺の目の前にさわやかな笑みを浮かべる金髪ギャルがいたからだ。


 けれど、目には包帯が巻かれていた。

 ……目に病気、か?


「君、なんか凄く落ち込んでいるね」

「……えっと」


「ああ、そうだった。あたしは清水しみず 柑菜かんなだよ」


 彼女はそう楽しそうに名乗った。

 目が見えないっぽいのに……明るいな。


「俺は……」

「岩谷くんだよね」

「えっ? なんで俺の名前を?」

「さっきお医者さんがそう名前を呼んでいたから」

「なるほど。その通り、俺は岩谷だ。岩谷 海里」

「へえ、カッコい名前だね」


 俺の隣に腰掛けてくる清水さん。

 良い匂いがした。

 なんだろう、シャンプーか香水かな。


「その……俺は死にたかった」

「そんなこと言わないの。あたしだって目がこなんだから……酷く落ち込んだよ。でもね、生きてればイイことあるって」


「清水さんはポジティブなんだね」


「いろいろあったからね。それよりも、岩谷くんの方が重症のようだね。動け無さそうじゃん」

「見えないのに分かるの?」


「いや、やっきお医者さんが言っていたから」


 ……あ。そうだったな。

 普通に会話していたから、そりゃ聞こえるか。――って、まさか。


「あれ、清水さんって隣のベッド?」

「うん、隣。しばらく入院生活っぽいから、よろしくね」


 俺の声を頼りに場所を探ってくる清水さん。手が俺の頬に触れた。

 細い指がくすぐったい。


 けれど。


 けれど、すごく嬉しかった。

 自然と涙がこぼれ落ちて、清水さんの指に流れた。



「……っ」

「辛かったんだね、岩谷くん」



 俺を、こんな俺なんかを抱きしめてくれる清水さん。……そう、俺は死にそうなほど辛い。なんで……生きてるんだろう。


 でも、こんな地獄の中にも天使がいた。


 だから安心したら涙が出たんだ……。

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