タヌヌとアリア姫
マグマは、アリア姫に化けたタヌヌの後ろに素早く周り、口を塞いで胸の前に刀をちらつかせた。
驚いたタヌヌは目を丸くすると「ぽん」という間抜けな音とともに煙を出し、獣の姿になってしまう。
「なんだお前は?」
マグマは、獣になったタヌヌの首根っこを掴んで天井に掲げて見上げた。
タヌヌはキーキーと鳴きながら、マグマに向かって足をばたつかせている。
そのマグマの後ろでアリア姫が両掌を顔の前で合わせ、目を輝かせた。
「アナタ、タヌキなのね!それも化けダヌキ!」
マグマがタヌヌを持ったままアリア姫の方に振り返ると、タヌヌは涙目で首を縦にふった。
「なんだ、タヌキって?」
「東方の国の動物で、魔法の力で自分以外のものに変身できるのよ」
「へえ、こいつがねえ」
マグマは珍しそうに、タヌヌを覗き見た。
タヌヌは、前足でマグマの鼻を引っ掻く。
「いてっ」
タヌヌは、床に着地すると、急いでアリアの後ろに隠れ、マグマに向かってあっかんべーをした。
「うふふ、かわいいわ」
「憎たらしいの間違いだろ」
マグマは引っ掻かれた鼻をさすった。
「でも、どうして物語にしか出てこないような化けダヌキさんがここに?」
アリア姫はしゃがみこんでタヌヌの顔を覗き込んだ。
タヌヌは顔に前足を添えて迷ったが、自分の方もなにか不十分な情報があると察して話してみようと思った。
「アナタ様は、アリア姫様ですよね?」
「おお、タヌキの姿でも喋るのか?」
マグマが珍しそうに蟹股になってタヌヌを眺めた。
「そうです。こう見えても百年は生きてるんです。哺乳類の先輩を敬いなさい」
タヌヌは前足の先をマグマに振ると、アリア姫に向き直り、改めて話し始めた。
「アリア姫様、お会いできて光栄です。わたしはタヌヌといって、おっしゃる通り、東方のあやかしにございます。しかし、先ほど束の間ですが、わたしとお会いして、わたしが身代わりになって、アグニ様とこっそり我が国の船に乗りに行ったのではなかったですか?」
「隣国ですって? どういうこと? 私がマグマと朝から夕方までいなかった間になにがあったの?」
アリア姫とタヌヌは見つめあったままお互い首を傾げた。
アリア姫は途端に不安になり、本当に目の前の初めて見る化けダヌキの言葉を信じて良いものか考えた。
化けダヌキのタヌヌも同じくである。
目の前のアリア姫は、確かに王宮の肖像画に描かれたアリア姫そのものだが、何故どこの馬の骨ともわからない、どうみても王宮のものではないマグマと一緒なのか? 猜疑心が募って仕方なかった。
その時だ、
「アリア姫様? ご容体はいかがですか?」
侍女頭のサーサがアリア姫の部屋をノックした。
部屋の中にいた二人と一匹の方が、同時に跳ね上がる。
アリア姫はマグマとタヌヌに隠れているようにジェスチャーで伝えると、壁に掛けられていたケープを纏い、急いでドアの外に出てサーサの前に顔を出した。
「ど、どうしたの? サーサ?」
「アリア姫様! 何処へいかれてたのですか!?」
サーサは尋常じゃないくらい怒った顔をしていた。
「へっ!? えええと、ええと、」
「はあ、もういいです。どうせまた図書の間の隠し扉にでもいらしたんでしょう‥‥‥」
サーサは頭を抱えて大きなため息をついた。
「それでは、アニスをおうちへ帰してあげなければ」
「アニス? アニスって誰なの?」
アリアが聞くと、サーサがまた目をまるくした。
「アニスは、大工の娘で、アリア姫様が不在の間、ベールを付けてアリア姫様のふりをしてもらっていたんです」
「なんだって!?」
ゴン!
「なんですって!?」
ベットの下にマグマと隠れていたタヌヌが叫んで、頭を打った。
気が付いたアリア姫が咄嗟に同じように叫ぶ。
「そ、そんな子。わたしが今部屋に戻ったらいなかったわ」
サーサは半信半疑な顔で、アリア姫の顔をじっと見て、顔を近づけた。
「今回のことは王様には言いませんが、今日から厳しく監視させていただきますよ? わたしはアニスが家に帰ったかどうか確認します」
サーサはてきぱき動いて踵を返し、廊下の向こうまで早歩きで消えていった。
「「「はあ~~~」」」
二人と一匹の溜息が重なった。
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