アリア姫

 姫が、眉間のシワとシワを更に寄せて顔をシワシワにしてあからさまに機嫌の悪い爺やと、侍女頭に後ろ指を刺されながら談話室に着くと、そこにはこの国の服装ではない、黒の装束に身を包んだ、重厚な雰囲気をまとった男性が王と向かい合って座っていた。

「お父様、遅くなりました。お客様にも深くお詫び申し上げます」

 姫はスカートの裾を両手でつまみ上げ、慇懃に頭を下げた。

「アリア、お前はこの方の妻になるんだ」

 アリアは姫の名前だ。

 呼ばれたアリアは頭を下げたまま、目を丸くし、それ以上動くことが出来ない。

 アリア姫は、十八歳。

 それに対して、目の前の遠方からの客人は、どうみても四十路は超えている。

 だけれど、アリア姫に拒む権利はない。

 

 遠方の客人は、自分の顎髭をなでながら、上から下まで、じっくりねちっこくアリア姫の姿の全てを把握しようとするように眺めた。

 それがアリアには、視線で全身を舐めつけられているように感じられた。

 アリアは身震いを押さえるために、手を握りしめた。

「‥‥‥アリア様は、恥じらい深いお方のようだ」

 遠方の客人がそういって笑うと、王は楽し気に声を張り上げて笑った。

 なにがそんなに面白いのかアリア姫には分からず、どこか屈辱を受けているようにも感じた。


 そして、しばらく談話室で過ごしてから、客人は夕刻前に帰路に向かった。


 見送りが終わり、自室に戻ったアリア姫は、疲れにどっと押しつぶされ、ソファーに突っ伏した。

「姫様、わたくしたちも着いていきますので、どうぞ、ご安心なさってくださいね」

 アリア姫が赤子の頃から使えている侍女頭が、頼りなげな、年の離れた妹ほどの姫の背中に声をかけた。

 アリア姫は、ソファーから起き上がり、次女頭を振り返る。

「それはないぞ」

 声の主は、アリア姫の父である王だった。

「侍女も爺やもわたしが雇って養ってやってるんだ。わたしのものだ。心配するな、必要な嫁入り道具は見繕ってやる」

 大仰な態度で娘の部屋のドアの前に立っていた王は、それだけ言うと、さっさと踵を返して行ってしまった。


 アリア姫の部屋にいたアリア姫と、侍女頭と爺やの三人は三人とも王がその場から消えてもしばらく動きを止めて、呆然と王のいた場所を見つめた。

 そして、侍女頭と爺やは、がっかりしたような、悲しいような、それか酷く呆れたような、様々な感情が入り混じった顔で目を閉じ、俯いた。

 アリア姫はそんな二人に、 なにか声をかけなければと思ったが、結局なにも言葉が出ず、同じく俯いただけだった。

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