第307話

『成ちゃん、誕生日おめでとう!』

 

 十四歳の誕生日。 

 涼子先生が、中谷先生が――職員のみんなが、口々にお祝いしてくれた。

 ぼくは、にっこりと笑った。

 

『ありがとう、先生! みんなのおかげで、ここまで大きくなれました』

『成ちゃんたら。ふふ、サンタさんみたいやねぇ』 

『えへ。夏のサンタです』

 

 涼子先生の言う通り、センターの職員さん達に感謝を込めて焼いたクッキーとお手紙を入れた袋は、サンタクロースみたいで。背に負って歩いていると、みんなが笑ってくれたっけ。

 

『ありがとうね、成己くん』

 

 笑顔で受け取って貰うたびに、胸がじんと痛くなった。

 

『みんな、ありがとうございますっ』

 

 あのね――十四歳の誕生日は、特別なん。

 と言うのは、オメガは平均的に、十四歳でファーストヒートを迎えるって言われてるんよ。だから、センターでは、十四歳を迎えると、お見合いが解禁されるの。

 

 ――十四歳で、婚約して巣立っていく子もいるって言うもんね。……ぼくも、いつかは旅立つんやな。

 

 家族を持つって言う、夢の為に……みんなと離れて。まだヒートの来ていないぼくには、現実感が遠いけれど……いずれ来る未来なんだ。

 ぎゅ、と空になった袋を握りしめていると――穏やかな声に呼ばれた。

 

『成っ!』

 

 ゲートを潜り、宏ちゃんが駆け寄ってくる。大らかな笑顔を浮かべている彼に、ぼくからも駆け寄った。

 

『宏兄! 来てくれたん?』

『当たり前だろう。誕生日おめでとう、成!』

『わああ……ありがとう……!』

 

 輝く笑顔で渡されたのは、奇麗にラッピングされた本。小説家として立派に活躍する宏兄の――桜庭先生の、新刊。

 

『すごい、サイン本だぁ……! めっちゃ嬉しいっ』

『それでいいのか?』

 

 照れくさそうに眉を下げる宏兄に、強く頷く。

 

『これが良いの。大好きな宏兄の夢が、叶った証やもん!』

 

 にっこりして、本を抱きしめる。

 幼い頃から、楽しいお話を聞かせてくれた宏ちゃん。小説家になるんやって、ずっと頑張っていて……本当に夢を叶えてしまった。

 本当にすごいよね!

 

『……そうか。よし、もっともっと頑張って、有名になるからな』

『宏兄なら出来るよ!』

 

 笑顔で拳をぶつけ合うと、明るい希望に胸が華やいだ。

 

 ――宏兄……ぼくも頑張るよ。これから、たくさんお見合いをして……家族をつくるんだ。

 

 ぼくだけの――ぼくの家族が帰る場所を。 

 目を閉じて、”誰か”と並ぶ未来を、夢想した。すると――深い森の香りが鼻腔をくすぐって、はっとする。

 

『どうしたんだ? 悲しい顔して』

『……宏兄っ?』

 

 ぼくは、宏ちゃんに抱き寄せられていたん。

 逞しい腕に、ぎゅうと背を抱かれた瞬間――おなかがつきん、と痛んだ。

 

 ――切ない、寂しい……

 

 森の香りに身を埋めると――灰色がかった瞳が心配そうに見下ろしていて、頬が火照った。

 ぼくは慌てて、広い胸を押して。

 

『あはは……もう。宏兄、子どもじゃないんだからっ』

『ああ。ちっさくて可愛いから、つい』

『それ、褒めてなーいっ』

 

 両手を振り上げて、ぷんぷんと怒って見せる。

 宏兄は、大らかな笑顔でぼくの頭を撫でてくれた。――お兄ちゃんの、優しい笑顔で。

 

『えと……あのね、ケーキあるんよ。先生が準備してくれたんやって。一緒に食べたいな』

『おっ、良いのか?』

『うんっ』

 

 こくりと頷いて、じんわりと熱を持つ頬を俯かせる。

 ニコニコ笑う宏兄の顔が、なぜか見られなくて……必死に隠していた。

 

 

 

 ***



 

 

「ん……」

 

 お布団にくるまって、朝日を浴びながら……目を瞬く。

 ぼくは逞しい腕に抱かれて、あたたかな森の香りに包まれていた。

 

 ――きもちいい……

 

 居間で睦あっていたはずなのに、ベッドで目覚めるなんて。ぼくを抱きしめている宏ちゃんが、寝室に運んでくれたにちがいない。

 

「……ありがとうね」

 

 夢の中でも、たくさん言った言葉をつぶやく。

 十四歳の、誕生日。……初めてのヒートが来たときのことを、夢に見たんよ。広い胸に頬を寄せ、うとうとと考えた。

 

 ――幼過ぎて、気づかなかったけど……いまならわかるよ。

 

 あれは、ぼくの「目覚め」っていうものやったんやって。

 宏ちゃんの腕の中で、もそもそと寝返りをうつ。……少し動くだけで、体がギシギシ痛んだ。

 

「あてて」

 

 痛みを訴える口さえ、にやけちゃう。

 だって、宏ちゃんを受け入れられた証だと思うと、誇らしくてたまらない。

 

「……宏ちゃん、すき」

 

 逞しい胸に頬を寄せると、深い森の香りがした。

 十四歳の、あの日……宏ちゃんに抱きしめられて、ぼくは未来を夢見たん。

 

 ――きっと、あのときから。ぼくは宏ちゃんのために……

 

 そして、昨夜……やっと結ばれたんだ。

 感激して、ぎゅうと抱きついていると――腕の中の体が身じろいだ。

 

「ん……成?」

 

 眠たげな低い声に、胸に花が咲く。

 

「宏ちゃん、おはよう……あのねっ」

 

 夫を笑顔で見上げて――ぼくは、目をまん丸にする。

 

「わああっ、どうしたのその顔!」

 

 宏ちゃんの右の頬が――なぜか、真っ青になってるん。

 

「ああっ、腕まで。包帯グルグル……どうしたん?!」

「ん? これは何てこたない」

「ぜーったいウソ! ぼく、蹴ったの? そうやろっ?」

 

 甘い後朝のはずが、どうしてそんな大怪我を?

 泡を食うぼくを抱き留めて、宏ちゃんがほほ笑んだ。

 

「いいんだよ。これはな、俺がお前を愛してるってことだから」

 


 

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