第306話

「……い……っ!」

 

 体が真っ二つになりそうな痛みに、歯を食いしばる。

 身体を貫こうとする、途方もなく大きなものに、叫びだしそうになるのを何とか堪えていた。

 

 ――痛いよお……! なんで……?!

 

 宏ちゃんのそこを、ほんの少し受け入れただけなのに。あれだけ柔らかくなっていたと思ったのに……まるで、スイカを鼻の穴にいれようとするみたいに、苦しい。

 カーペットにしがみついて、ひっ、ひっと弱弱しい息を吐いていると、

 

「……成っ……痛いよな……」

「や……っ!?」

 

 腰を引かれそうになって、青褪めた。

 

「だめ……!」

「成っ?」

 

 脚を腰に絡めて、引き留める。正気に返ると、はしたない行動なんやけど、あんまり必死やったん。ぎょっとしてる宏ちゃんに、訴える。

 

「大丈夫、やからっ……おねがい」

「でも、お前……」

「いいの……!」

 

 ぎゅ、と広い肩に抱きつく。

 

 ――ちゃんと、宏ちゃんの妻になりたい……!

 

 強い意気込みが、ぼくの背中を押していた。

 もう、ぼくばっかりは嫌や。

 宏ちゃんが、ぼくに優しくしてくれるみたいに……ぼくだって、宏ちゃんにお返ししたい。 

 

「ううっ……やめちゃ、やだぁ……」

「成……わかったから。泣かないで……」

 

 すんすんと啜り泣くと、宏ちゃんは困り顔で、涙を拭ってくれる。そして、ぼくを抱きしめて、もういちど挑んでくれた。

 

「……いっ、うぐ~……!」

「成。力を抜いて……」 

 

 脳天を突き抜けるような痛みに、ボロボロと涙が零れた。

 宏ちゃんは優しく背を擦って、あやしてくれる。でも、でも……少しずつ進んでくるだけで、腰が引き裂けそうやった。

 

「痛いい……う~……」


 どうして、あんなにきもち良かったのに……今は、痛くてたまらない。宏ちゃんに、あれだけ優しくしてもらったのに、ぼくは石みたいにガチガチやった。

 

 ――ぼくじゃ、宏ちゃんを受け入れられないの……?

 

 宏ちゃんの奥さんなのに。ちゃんと、抱きしめてもあげられないなんて……!

 悲しみと絶望に、塗りつぶされそうになる。


「成、やっぱり……」

 

 宏ちゃんは、心配そうに眉を顰めていた。……優しい眼差しは、迷ってる。ぼくのことを、解放するべきかって。

 そう気づいたとき――胸のうちで、何かが爆ぜた。

  

 ――やだ!

 

 大きな体に、ひしと縋りつく。

 

「ひろちゃ……お願いっ……欲しいって言って」

「!」

 

 灰色がかった目が、瞠られる。

 

「成己が欲しいって、言って……頑張るからっ……! ぼくのこと、諦めないで……!」

 

 応えられないぼくを、あんなに優しくしたのにって、怒って。

 強引に奪ってでも……もっと、いっぱい欲しがって欲しい。

 そうしたら、きっとどんなことも耐えられる。

 

「怖くっても、痛くってもいいっ……宏ちゃんが一緒なら……!」

 

 全身で縋って、訴える。

 ぽろぽろと零れる涙が、首に降りかかった。

 

 ――ぼくのばか……ますます困らせるやん……

 

 冷静な自分が呆れるのに、「やだやだ」ってばかみたいに、涙が止まらない。


「……ああ、成」

 

 すると、宏ちゃんの腕が、がっしりとぼくを抱きしめる。

 あやすように頭を撫でられて、それから――突然、顎をきつく掴まれた。

 

「んん……っ!?」

 

 噛みつくように、唇を奪われる。

 涙もお構いなしに、荒々しく長いキスをされて、息が出来ひん。

 

 ――苦しい……っ。

 

 やっと離れた唇の間に、つうと銀の糸が引く。

 けふけふ、と息を吐くと、腰を抱く手に力がこもって……どきりとする。

 

「……泣くなら泣け。もう、止めてやらないからな」

「……!」

 

 あっと息を飲む。――浅黒い肌から香る、森の木々が激しくざわめいていた。深く、暗い奥からあふれ出るものが……ぼくを飲みこもうとするように、迫ってくる。

 宏ちゃんは、唸るように囁く。

 

「お前が欲しいよ、成己」

 

 初めて聞く、宏ちゃんの声。雄の……アルファの声に、体の芯がビリビリと震えた。

 

「あ……」 

「ずっと……お前を抱いて……俺だけのものにしたかった」

 

 熱い息が、肩に触れたと思うと――ぶつり、と皮膚が破ける感触がした。

 

「――ああっ?!」

 

 肩に鋭い牙が食い込んで、悲鳴を上げる。

 肌を裂かれ――ぼくの中から、溢れ出す血を啜られている。痛くて、怖くて……なのに、ぞくぞくするほど官能的な刺激。

 ぎゅっと目を瞑っていると……傷口から、からだが重く痺れていくのに、気づく。

 

「え……?」

 

 なに、これ……?

 不思議に思う感覚さえ、遠くなっていく。その感覚は、血の流れるように全身に広がって……もう、指一本動かせそうにない。

 ぱちぱちと、緩慢に目を瞬いていると、宏ちゃんがやっと肩を放した。

 

 ひろちゃん、なに?


 目で問えば、優しく頬を撫でられた。

 その瞬間――さあっと全身に鳥肌が立つ。


「ひぁ……!? やああっ」


 全身に、甘い快感がビリビリと流れた。はしたない声で叫んで、跳ねる爪先が、ぱしぱしと床を叩きまわる


――なにこれ……? どうしてっ。


 呆然とするぼくに、宏ちゃんがほほ笑んだ。


「怖がんなくていい。痛くないように、お呪いをしただけだ」

「おまじないって……あ……やんっ!」


 腰を抱かれただけで、震えてしまう。そんなぼくを、宏ちゃんは愛おし気に見つめていた。

 そして、


「愛してるよ、成」


 ぼくの望みを叶えてくれた。


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