第298話

――知らないままって、いったい……?


 お兄さんは、言葉を続ける。


「宏章は、あなたに話すなと言った」

「……!」

「あなたは当事者で、知る義務と責任がある。それなのに「自分が解決するから言うな」の一点張りだ。だから、俺はあなたに伝えに来た」

「そうだったんですか……」


 ぼくは、ずきりと胸が痛んだ。


――宏ちゃんに抱え込ませるところだったなんて……


 陽平とのことは、ぼくが原因だから。宏ちゃんは傷つけまいとしてくれたんやと思う。

 ぼくが、薔薇の香りに気づいたように宏ちゃんも気づいていたなら……


――『犯人が誰であれ、俺はお前を悲しませたりしない』


 あの時から、ぼくの為に、一人で抱えてくれるつもりやったんやろうか。


「ごめんなさい……宏ちゃんはぼくの為に、ひとりで抱え込んで」

「成くん、気にしなくていいよ。宏はかっこつけだから」


 頭を下げると、お義母さんが慌てたように声を上げはった。

 お兄さんは、ため息をつく。


「そういう問題じゃない」

「……え?」

「あなたはそれで良いのか。あいつは、あなたに言わないことばかりだぞ。今回のこと以外にもだ」

「それは……宏章さんだって、ぼくに言えないことはあると思います。お仕事のこともありますし……」


 ぼくは、狼狽しつつも言う。


――陽平のことを、ぼくが知らないのはダメだと思う。でも、宏ちゃんが隠そうとしたなら……ぼくの為だ。


 たとえ、何か言わないことがあっても、宏ちゃんは気遣ってくれているだけや。

 家族のことや――あの、ケーキのことだって。


「優しいから、言えないこともあると思うんです」


 そう言うと、お兄さんは冷笑する。


「優しいか……それは、綾人を排除することも、あなたにとっては「優しさ」の範疇内になるのか?」

「……え」


 思わず、目を見開く。


「どうして、綾人になにかあったんですか?」

「綾人は、宏章にあなたと近づくなと言われたんだ。それで、店もクビにされた」

「なっ……! そんなはずありませんっ」


 とんでもない誤解にぎょっとして、叫んだ。


「宏章さんは、綾人を辞めさせたりしていません……!」


 たしかに、お兄さんとうさぎやに訪ねてきてくれてから、ずっと会えてないけど。

 理由だって、聞いているんやから――


 


 

『朝匡と仲直りしたから、バイト辞めようと思って。成己、いろいろありがとうな!』

 

 そんなメッセージが届いたのは、あれからすぐのことやった。

 まさに青天の霹靂で、スマホに向かって「ええっ」って叫んでしまったっけ。

 

『綾人! えと……仲直りおめでとうやけど、やめちゃうの!?』

『いやー、誕プレも買えたしさ? ここらでいっちょ、マジで受験に専念しようかなって思って!』

 

 びっくりして電話をかければ、電波の向こうの綾人はハイテンションに応えた。てっきり、これからも一緒に働けると思ってたから、少ししょげてしまった。

 

『そ、そっかあ。さびしいけど、受験は仕方ないね……』 

『……ごめんな! それと、なんつうか……しばらく、あんま遊んだりもできんかも』

『えっ』

『忙しくなるし! で、空いた時間……朝匡と一緒にいてやろうかなって』

『……あっ、そっか。そうやね、仲直りしたばっかやもん』

 

 申し訳なさそうな綾人に、我に返った。

 せっかく仲直り出来て、嬉しい時なのに気遣わせてしまうなんて、ぼくは馬鹿やなって。――慌てて、再度お祝いの気持ちを伝えたん。

 

『おめでとう、綾人。お兄さんと仲直り出来て、本当に良かったね』

 

 つい「寂しい」が先行してしまったけれど、二人が上手く行ったのは、心から嬉しかった。ここで過ごしていたころ、綾人は笑っていても、ふとした瞬間に寂しそうにしていたから。

 

 ――もう、寂しくないね。良かったね、綾人……

 

 感激して、目尻を拭う。

 

『ありがとう、成己』

 

 頷いた綾人の声も、ちょっと滲んでいる気がした。

 

 


 

 それから、「また連絡する」って綾人とバイバイしてん。

 お兄さんは、きっと誤解してはる。


「綾人は、受験に専念するために辞めたんですよ……!」


 とんでもない誤解を正そうと、訴える。けれど、お兄さんは眉根を寄せ、苛立たし気に頭を振った。

 

「それは違う。綾人は、望んで辞めたんじゃない。大方、あなたにはそう説明しろと、宏章に強制されたんだろう」

「……そんなことっ。どうして、そんな風に言うんですか? いくらお兄さんでも、酷いです」


 あまりのことに、申し訳なさを忘れて憤慨してしまう。


 ――宏ちゃんが、そんな事するはずないのに……。


 お兄さんは綾人の事が好きで、心配しているのやと思う。  

 けれど……弟に対して、あんまりひどい誤解じゃないか。


「な、成くん。落ち着いて」



 

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