第296話

 ――どうしはったんやろう。

 

 なんだか冷やりとして、ぼくは胸を押さえた。お兄さんは何も言わず、すぐに踵を返してしまう。

 

「此処でする話でもない。行こう」

 

 そういう事で、全員でぞろぞろと家の奥へと入る。

 てっきり、リビングへ行くのかと思っていたのやけど……向かったのはシアタールームやったん。

 

「わあ……すごい」

 

 窓のない四角い部屋には、大きな四人掛けのソファが一台と、一人掛けのソファが二台。壁一面を覆うスクリーンの正面に、設置されていた。

 

「なんだい、朝。大事な話があるんじゃないのかい?」

「皆に見せたい映像がある。ここの方が、都合が良いんだよ」

 

 お義母さんの疑問にあっさり答えると、お兄さんは機材を手際よく繋ぎ始めた。それはすごい早業で――手伝おうと近づいたときには、お兄さんはもうソファに腰を下ろしていたくらい。

 

「――どうぞ、座って」

「あ……はいっ」

 

 ぼうっと突っ立っていたぼくは、お兄さんに肩で促され、慌てた。

 お義母さんとお兄さんがそれぞれ、一人掛けのソファに座らはったから、ぼくは必然、四人掛けのソファになる。

 広々としたソファに畏まっていると、お義母さんが問う。

 

「で、朝。なにを見せてくれるのさ?」

「ああ。――成己さん。宏章の自宅で暴れた奴が居たそうだが、犯人が分かった。カメラにハッキリと映っていたからな」

「本当ですかっ?」

 

 ぼくは、目を見開いた。

 

「ちなみに宏章には昼間、すでに見せたものだが。……あいつも交えて話したかったのに、どこをほっつき歩いているのだか」

「えっ、そうなんですか?」

 

 驚いていると、お義母さんが説明してくれた。

 

「宏の家には、うちのセキュリティシステムを入れてたんだよ。朝は、プログラムの設計師として、その場に立ち会いたいって聞かなくてねえ」

「システムの、改善点が見られるならと思っただけだ。別にあいつじゃなくても、そうしてた」

「また、そんなことを言ってー」

 

 ポンポンとかわされる会話の応酬に、ぼくは二人の顔を見比べる。

 渋い顔をするお兄さんと、ニコニコ顔のお義母さん。対称的な表情やけど、和やかな空気が漂ってる。

 

 ――それにしても、そういう事情やったんや。宏ちゃんも、知らへんかったんやろか……?

 

 お兄さんと会うなんて、何も言ってなかったもの。

 首をかしげていると、お兄さんが咳払いして注意を引いた。

 

「ともかく!――監視カメラの映像や、システムを確認したところ、うちのプログラムには原因がないことが分かった。常のごとく、通報は行われたが……犯人の実家が、圧力をかけたらしいな」

「何それ。ウチに、そんな真似をできる家なんて」

 

 訝し気なお義母さんを、お兄さんは目で制すると――映像を流した。

 大きなスクリーンに、うさぎやの映像が映る。

 

「……っ」

 

 一日分の映像が流れるのかと思いきや、すでに編集されているみたい。影の差し具合を見ると、夕方くらいやろうか。

 

 ――……時間が経ってるとは言え、家を荒らした人の姿を見るのって、なんか……

 

 ぎゅっと膝を握りしめ、固唾を飲んで見つめていると――突如、車の鋭いスキール音が鳴り響いた

 

「――!」

 

 一台の車が、門の前に停車する。――白のセダン。物凄く見覚えのある車種に、ドキンと心臓が跳ねた。

 勢いよく、後部座席のドアが開く。

 

「……あっ!」

 

 俯瞰で撮影しているカメラの映像に、最初に映ったのは背の高い男の人の、肩。次に、揺れる栗色の髪。

 そして……その隙間から見える、顔。

 ぼくは、「あっ」と叫びかけて、唇を手で覆った。

 

 ――陽平……!

 

  心の中で叫んだ途端……ちょうど顔を上げた陽平が、「こっち」を見る。紅茶色の目を縦に立ち割るよう、暗く開いた瞳孔に、ひっと息を飲んだ。

 

 ――……ばか。映像なんやから、本当に目が合ったわけない……!

 

 けれど……最新式のカメラが映し出す犯人の姿は……悪夢を見ているかのようやった。

 

『成己ィ!』

 

 スクリーンの中の陽平が、門扉を蹴り飛ばした。

 

 ――『ガシャン!』

 

 凄まじい音がして、鉄製の扉が開く。近くに置いてあった植木鉢が、余波で倒れ、砕けた。

 陽平は植木鉢を蹴っ飛ばし、ズカズカと歩み入り――怒鳴った。

 

『成己ーっ! 成己、出てこい!』

 

 


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