第291話

「宏章様、成己様。失礼いたします」 

 

 探索を終えたとき、見計らっていたように東さんが訪ねて来はったん。

 お部屋にしずしずと歩み入り、莞爾とする。

 

「宏章様、成己様。お部屋はお気に召して頂けましたでしょうか?」

「はい、とっても!」

「ありがとう、じいちゃん。昔のまんまで驚いたよ」

 

 声を揃えてお礼を言うと、東さんは嬉し気に胸を張った。

 

「ほほ。野江家の使用人として、当然のことにございます。この東の目が黒いうちは、ご滞在の間中、お二人に不便な思いなどさせません! ご入用のものは何でも、二十四時間お申し付けくださいまし」

「ありがとう。でも、夜は寝てくれよな」

 

 大らかな笑みを浮かべ、宏ちゃんが東さんの肩を叩いた。

 

「じきに夕食の時間ですが、どうなさいますか」

「あー。成、何が食べたい?」

「えっ!? えと、ぼくは、お義母さんの食べたいものを」

 

 いちばん年少のぼくに、それは荷が重いですっ。冷や汗を垂らし、頭をぶんぶん振った。すると、二人は顔を見合わせて、「ああ」と拳を打った。

 

「気にしなくていいぞ、うちはメシは一緒に食わないから。なあ?」

「ええ。奥様は会食続きでしたので、お粥を召し上がるそうです。成己様は、お好きなものをお選びください」

 

 当たり前のように微笑まれて、ぼくはびっくりした。

 てっきり一緒に食べるものやと思ってたから、ご家庭によって、いろいろな食卓のかたちがあるんやねえ。

 

「えと。それじゃ――」

 

 

 

 

 サンドイッチを頬張ると、ローストビーフの美味しいお汁が、口いっぱいに溢れた。すごく豪華な味わいに、ぼくは目をかっと瞠る。

 

「うぅ。美味しい……!」

「口にあって良かった」

 

 夕ご飯に、サンドイッチをリクエストさせてもらってん。そうしたら、東さんが母屋へ頼みに行ってくれはってね。すぐに、あったかいお茶と、サンドイッチを離れに持ってきてくれたんよ。

 

 ――『内線電話から、なんでもお申し付けください』

 

 そう言って、東さんは風のように去っていかはったん。

 やから、今は離れの居間で、宏ちゃんと二人向かい合って夕ご飯、なんやけど……

 

「……もぐ」

「どした、成?」

 

 宏ちゃんは例にもよって、すでに食べ終わってる。

 のんびりと食後のコーヒーを啜りつつ、ぼくの一挙手一投足を見守っていた彼は、目ざとくぼくの様子に気づいてしまう。

 

「ううん。なんもないよっ」

「いや、無くはないだろ? 状況が、状況だし」

「う……」

 

 心配そうな宏ちゃんの眼差しから、逃れられそうになくて――ぼくは、観念した。サンドイッチをお皿に置くと、おずおずと切り出す。

 

「あの……何でもないの。ただ、すごく気を遣ってもらっちゃってるなあって」

「ん? どういうことだ」

 

 宏ちゃんが、不思議そうに目を瞠る。

 

「こうして、ずっと二人きりにさせてくれてて……朝ごはんも、ここに持ってきてくれはるって、東さん仰ってたし」

 

 ひょっとして、ぼくの為に気遣ってくれてるんじゃないかなって、思ったん。確かに、宏ちゃんと二人でいると、うちに居るみたいでとっても落ち着く。

 とはいえ――夫の実家なんやもの。

 

 ――お世話になるのは、ぼくの方やと言うのに。このまま、甘えてていいのかな……?

 

 そう言って、口を結ぶと――宏ちゃんが息を吐く。

 

「まったく、お前は……」

「わあっ」

 

 大きな手に、頭をわしわしと撫でられる。

 

「お前の方が、気を遣いすぎだよ。――嫌な目にあって大変なときくらい、自分のことだけ考えときなさい」

「ひ、宏ちゃん……」

 

 言葉こそ窘めているけれど、とても温かい声音だった。知らず、詰めていた息を吐き――ゆるゆると胸が緩んでいく。

 

 ――確かに。親切にしてもらって、不安になるなんて贅沢やんね。

 

「ありがとう、宏ちゃん」

 

 ほほ笑むと、髪を優しく梳かれた。

 子犬になった気分で、目を閉じていると……宏ちゃんは零れるように呟く。

 

「心配するな。うちの家族は変わってるし……俺のメシと言ったら、ここで食うもんだったから」

「え?」

 

 思わず顔を上げると、宏ちゃんは眩しげに目を細めていた。

 

「俺はお前と二人で嬉しかったよ」

 

 

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