第290話

――宏ちゃんの、住んでたお部屋か……なんか、ドキドキするなあ。 

 

 母屋からお庭をしばらく歩くと、大きな車庫と倉庫があって。その隣の二階建ての建物が、離れらしかった。

 東さんからお預かりした鍵で、引き戸を開くと――真新しいルームフレグランスの香りが、ふわりと香る。

 

「わあっ……!」

 

 ぼくは、思わず感嘆の声を上げてしまった。

 

 ――秘密基地だ……!

 

 一階は、居間になっているみたい。二人掛けの木製のテーブルに、小さなテレビがある。

 小さなキッチンとトイレも完備されていて……離れっていうより、小さなお家みたいや。

 それに、母屋と比べてインテリアが親しみやすくて可愛い。どこか、少年だった頃の宏ちゃんを映し見てるみたいで……胸がときめいた。

 

「素敵やねえ、かわいいお家」 

「ああ。全然、変わってない……じいちゃん、ずっと手を入れてくれてたんだろうなぁ」

 

 ぼくが興奮気味に言うと、宏ちゃんは懐かしそうに彼方此方を見回してる。

 あちこちピカピカで、椅子につけてある水色のチェック柄のクッションまで、フカフカや。このお部屋が大切に手入れされていたのが伝わってくる。


――東さん、宏ちゃんのことを、すごく大切に想ってはるんやね。


 ほっこりして、宏ちゃんの腕を組む。


「宏ちゃん、宏ちゃんのお部屋は二階なん?」

「うん。上がってみるか?」

「見たいですっ」

 

 階段を上がると、広い洋室があった。

 沢山の参考書の並んだ勉強机に、生成色のカバーのかかった、とても大きなベッド。

 フローリングにはジャンボクッションが鎮座し、換気のために開けられてる窓には、淡いブルーのカーテンがはためいてる。

 それから、大きな本棚。白い壁を覆うような本棚には、ぎっちりと本が詰まっていた。

 

「……ああ」

 

 ――ここに、幼い宏ちゃんは過ごしてたんだ。

 髪の短い、学生服を着た少年の姿が見えて来る気がして……頬がふわふわと熱を持つ。


 ――すごい。夢みたい……


 ぼくは、時計みたいにくるくる回りながら、部屋中見回してた。

 すると……後ろからそっと抱きしめられちゃう。

 

「宏ちゃん?」 

「いや。こっぱずかしいもんだなー。ガキの頃の部屋、お前に見られるのってさ」

 

 照れくさそうな声に、くすりと笑みがこぼれる。

 

「ううん、可愛いくて好きっ。ぼくね、宏ちゃんのお部屋にずっと入って見たかったん」

 

 宏ちゃんは、毎日センターに遊びに来てくれたよね。

 別れ際、「また明日な」って手を振る宏ちゃんが……どんなところに帰って行くのか、ずっと知りたかったんよ。

 

「えへ。夢が叶っちゃった」

 

 上機嫌に、厚い胸に頭をあずけると……宏ちゃんはふと笑ったみたい。

 

「そっか。しばらく、ここで過ごすことになるから、気に入ってくれたなら良かった」

「うん。お世話になります、宏ちゃん」

 

 ぴっと敬礼すると、ぐいと背中を抱き上げられた。――ちゅ、と唇が温かいものに包まれる。

 目を見開くと、間近に宏ちゃんの微笑みがある。

 

「ひ、宏ちゃんっ。ご実家ですよ!」 

「大丈夫だ。滅多に人はこないから」

「……そ、そんなこと言うても……!?」

 

 甘い声を耳に吹きこまれ、肩を震わせる。

 首筋にもキスされて、真っ赤になって狼狽えていれば……宏ちゃんが笑った。

 

「浮かれてるのかもな。お前が俺の部屋にいるなんて。昔の俺に、聞かせてやりたいくらいだ」

「……宏ちゃん」

 

 あんまり嬉しそうな笑顔に、胸がじんと熱くなる。


――宏ちゃんも、ぼくを招待したいって思ってくれてたんかな。……だったら、仕方ないのかな……?


 ぎゅう、と抱いてくる夫の背に、両腕でしっかりとしがみついた。





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