第286話

「宏ちゃんの、すけべ」

 

 お腹の上にわだかまった掛け布団を、口元まで引っ張り上げる。――した後の、気だるくて熱っぽい空気で、お部屋はいっぱいやった。

 隣で、大きな体を投げ出していた宏ちゃんが、不思議そうに言う。

 

「ん? どうした」

「計ったでしょ。ヒートなんて言うて……」

 

 ヒートなんかじゃなくて、宏ちゃんの手でその気にさせられて……体いっぱいを愛された。

 頬をぷくりと膨らませると、宏ちゃんは笑った。

 

「ああ。――お前を連れ込んで、これをしたかっただけだろ、って?」

 

 悪戯な手が、お布団の上からぼくの脚の間に触れる。さっき、散々与えられた快楽がぶり返しそうになって、慌てて足を閉じる。

 

「もう、宏ちゃんっ」

「はは……悪い、悪い。可愛いから、触りたくなんだ」

 

 灰色がかった瞳をやわらかく細め、宏ちゃんはぼくの頭を撫でる。子猫を愛でるように優しい手つきに、すぐに絆されちゃう。 

 ぼくは、広い胸に頬を寄せて、じっと夫の顔を見上げた。

 

「ねえ、宏ちゃん」

「何だ?」

「あのね……ぼくの体、どうだった? 本当に……そろそろ、来そうやった?」

 

 おずおずと尋ねてみると、宏ちゃんは目を丸くする。

 

 ――中谷先生に、順調に開いてきてるって言われたけど。ちゃんと、変わってきてるのかな?

 

 さっきはあんな風に言ったものの、宏ちゃんが本当に心配してくれたのは、わかってるねん。

 ぼくの体に、変化が起きてきてるなら……とても、嬉しいのやけれど。

 

「そうだなあ……」

 

 すると、宏ちゃんはぼくを抱きかかえ、項に顔を埋めた。

 

「……お前の香りが、日に日に強くなってるのがわかるんだ」

「あっ……ほんと?」

 

 温かい吐息が首筋を撫で、ぴくんと肩が震える。宏ちゃんは、穏やかな声音で囁きながら、大きな手でぼくの肌を撫でた。

 

「うん。項と、背中……あとは、ここな」

「ひゃっ」

 

 閉じた脚の間を、手のひらが潜って来る。熱い指先が、生殖弁を優しく擽って、目を見開いた。

 さっき、宏ちゃんので”そう”されたように、ぴったりと閉じた肉の合わせ目を押されると――じわ、と甘い痺れがぶり返す。

 

「あぁ……宏ちゃんっ……」

「お前から、甘い桃みたいな匂いがするんだ。熟して、はやく食ってくれって言うみたいに……」

「ふぁ……っ」


 宏ちゃんの灰色の目が、ぼくの目を覗き込む。


「お前は咲く。もうすぐ……俺には、わかるんだ」

 

 低い声が、鼓膜を震わせる。宏ちゃんの体から、獰猛な森の香りが立ち上り……食べられちゃいそうって、ちょっぴり怖くなる。

 

 ――でも。

 

 ぼくは、逞しい胸にひっついて、甘い陶酔にぎゅっと目を閉じた。宏ちゃんの手を求め、勝手に開いていく膝を、止めることが出来ない。

 だって、本当に望んでいることだから。

 

「嬉しい……宏ちゃん。ぼく、早く咲きたい」

 

 ――あなたのために……今度こそ。

 

 十四の時に、一度咲きかけた。

 それからずっと、未熟なままだったぼくは――陽平の元でもう一度、咲く機会を待っていた。

 

 ――『お前みたいな欠陥品、誰が妻に欲しがるか!』

 

 また、咲けなくて。もう無理なのかって、怖かった。ぼくは、誰のためにも咲けないのかと……こてんぱんに自信がなくなったん。

 ……だけど、宏ちゃんのもとにきて、ぼくは変わった。


――『可愛い、成』


 ちっぽけな体を、宝物みたいに抱きしめてくれた。だから――自分が、ダメじゃないのかもって、思えるようになったん。


「宏ちゃん……」


 ぼくは、宏ちゃんの頬に手をのべた。

 彼の大きな手が、すぐに手の甲を包んでくれて、涙が溢れる。

 

「成、大好きだよ」

「ぼくも、大好き」

 

 ずっと優しくしてくれて、ありがとう。

 宏ちゃんにひっついて、ぼくは喜びの嗚咽を漏らした。




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