第274話

「お邪魔しまーす」

 

 って、宏ちゃんは書斎やから、誰もおらへんのやけどね。でもひとのお部屋って、黙って入りにくい感じがしませんか。

 綺麗に整頓されたお部屋のクローゼットを開いた。

 

「よいしょっ、と」

 

 綺麗に整頓された洋服が、ちゃらりと並んでる。多くも少なくも無くて、こざっぱりしてるのが宏ちゃんらしい。衣装箪笥の抽斗を開けて、衣類を仕舞っていると……服に囲まれてるせいか、すっごくいい匂いがする。

 

「……ふあ」

 

 洗濯ジェルや柔軟剤に混じって、フェロモンが薫った。衣類を収める手を止めて、うっとりと目を閉じる。

 

 ――いいにおい。安心する……

 

 不思議。陽平のときは、お洗濯した服からは香りがほとんどしなかったん。それなのに、宏ちゃんの服はなんでこんなに香るんやろう?

 

「フェロモンが強いとか……?」

「なにがだ?」

 

 後ろから、突然声がして飛び上がった。気が付くと、宏ちゃんが入り口に立っていたん。

 

「宏ちゃんっ。びっくりしたぁ」

「おう。悪い、悪い……服、ありがとうな」

 

 部屋に入って来た宏ちゃんは、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。大きな笑顔にすぐに絆されて、ぼくも笑ってしまう。

 

「ううん。宏ちゃん、会議終わったん? おつかれさま」

「ああ……」

 

 にっこり笑って、立ち上がる。休憩にお茶をいれて、晩ごはんの準備をしようと算段をつけてたら、宏ちゃんがニコニコしてる。

 

「どうしたの?」

「いや。そのシャツ、気に入ったんならあげるぞ」

「え……あーっ!?」

 

 きょとんとして、宏ちゃんの視線の先を追ったぼくは、はっとする。

 

 ――宏ちゃんのシャツ、持ったままやった! しかも……なんでこんなに散らかってるん!?

 

 ぼくは、無意識にシャツを胸に抱いたままで。それどころか、奇麗に畳んでおいたはずの衣類も、箪笥の中身も、わやくちゃに床に山を作っていた。

 こ、こんなことして、ヘンタイか泥棒やと思われるっ。

 ぼん、と顔が茹で上がる。ぼくは、わたわたとシャツを畳みなおして、言い訳する。

 

「ち、ち違うくて! 散らかすつもりはなくて、いい匂いやなあって思っただけで……」

「ほほう?」

「あああ、そうやなくて~」

 

 言い訳すればするほど、意味が解らないことになっちゃう。真っ赤になって、小さくなっていると……宏ちゃんが喉の奥で笑った。

 ぎゅって、丸まった肩を抱き寄せられて、目を丸くする。

 

「ごめんな。つい可愛くて、からかっちまった。俺の服はお前の好きにしていいから、許してくれ」

「うう……違うねん。ぼくはヘンタイと違うくてぇ」

「わかってるよ。俺の可愛いオメガだもんなー」

 

 穴があったら入りたいぼくと裏腹に、宏ちゃんは凄く上機嫌で。頬や、額にいっぱいキスされて、目が白黒する。

 

 ――宏ちゃん、なんでこんなニコニコしてるんやろ……ふつう怒らへん?

 

 おろおろしてるぼくをよそに、宏ちゃんは何故かカーテンを閉めて、戻って来た。

 

「あの、宏ちゃん? どうしてカーテンを」

 

 問いかけは、途中で唇に飲みこまれてしまった。宏ちゃんにキスされて、鮮やかな森の香りに通まれる。

 うっとりするような陶酔感に、身を任せていると――宏ちゃんが、嬉しそうに囁いた。

 

「うん。成、明るいの恥ずかしがるだろ?」

「……え」

 

 いつのまにか、宏ちゃんの笑顔の後ろに、天井が見えている。

 背中のやわらかい感触は、まぎれもなく宏ちゃんの衣類で。宏ちゃんからも、お洋服からも良い匂いがして、頬が燃えるように熱くなった。

 

「あ、あのっ。宏ちゃん、待って」

「だーめ」

 

 楽し気に覆いかぶさって来た宏ちゃんは、何だかとても熱い目をしていて。見つめられると、恥ずかしいのに、逃げたくないような気持ちになってしまう。

 

「……っ」

 

 もう一度、キスが始まると、もう何も考えられない。

 ――そのあと、宏ちゃんのお洋服の上で、たくさん愛されてしまった。

 

 

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