第273話

「~♪」

 

 ぼくは、自室で洗濯物を畳みながら、浮かれていた。

 

 ――宏ちゃんとお出かけ、楽しみ……!

 

 せっかく街に行くなら、のんびりデートしようって言うてくれてん。

 原稿展に、デートもなんて。次の休みが楽しみで仕方ないです。

 

「ふふ。ゆっくりできるように、いろいろ済ませとかなくちゃ……あと、ごはんのお店とか調べてみよっと」

 

 デートといえば、当日までに「どこ行きたいね~」って話すのも楽しいもんね。

 るんるん気分で、大きなくつ下をまとめて、衣類の一番上に置く。

 

「よし、できたっ」

 

 これは宏ちゃんのお部屋のクローゼットにしまいに行くとして。ぼくは床をいざって、西日を浴びているサボちゃんに話しかける。

 

「ねえ、サボちゃん。宏ちゃんって、どうしてあんなに優しいと思う?」

 

 のろけていると、サボちゃんは「せやな」と言いたげに、棘をのばす。――このところ、お天気が続いているからか、サボちゃんも嬉しそう。

 やわらかい棘を撫でながら、ぼくはほほ笑む。

 

「今度、デートするん。このところ、ぼくのせいでバタバタしてたから、久しぶりなん」

 

 ふと頬に手を当てた。……痣もすっかり消えたここを、宏ちゃんが安心したように撫でてくれるん。「良かったなあ」って、キスされると……胸がじんって熱くなるほど、嬉しい。

 

 ――宏ちゃんは優しい。でも……最近はとくに、な気がする。

 

 優しいって言うより、甘いって言った方がいいのかも。

 今まではね、お仕事で家を空けることはあったのに、最近はずっと一緒に居てくれるんよ。よく電話してるし、書斎のパソコンで会議してたりするから、わざわざ在宅ワークにしてくれてるんとちゃうかな。

 

「一緒に居れて嬉しいけど……やっぱり、心配かけちゃったんやろうねえ」

 

 つん、とサボちゃんの棘をつつく。

 早いとこしっかりして、宏ちゃんに安心してもらいたいって、思う。でも、それとは別に、一緒に居られて嬉しいって気持ちもあった。

 

 ――『成己……!』

 

 陽平の顔を思い出して、息が詰まる。

 この前、センターで偶然に会ってから……一人で居ると不安がぶり返してしまうことがあるん。

 

「……」

 

 よく晴れた日なのに、通り雨が降るみたいに――心に影が差す。

 今がこんなに幸せなのに……気がついたら、ざあざあと激しい雨が降っていた、”あの日”に戻ってしまいそうな予感がして――

 

「……えいっ、もう! やめやめ!」

 

 ばちん、と頬を叩く。

 ぼくは、宏ちゃんと居られて幸せなんやもの。それだけ考えていたら、何も怖い事なんて無いんやから!

 がばっと身を起こすと、ぼくは洗濯物を抱えて廊下に出た。

 



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