第263話

 お昼ごろ、ぼくと宏ちゃんはセンターに来ていた。

 もろもろの検査を終えて、中谷先生に診察の結果を受けているところなん。

 

「――検査の結果、特に問題は無いようですね。成己くん、このところ、何かおかしいなってことは無かったかい?」

「はい。大丈夫です」

 

 頷くと、先生は頬を緩ませる。

 

「なら、良かった。セカンドインパクトの心配してたけど、大丈夫そうだね」

「では先生。成はもう、安心なんですね?」

 

 宏ちゃんが、念を押すように尋ねる。ぼくと繋ぎ合った大きな手に、包むように力がこもっていた。

 

「はい。もう安心して頂いて、いいでしょう。普通に生活してもらって問題ありません」

 

 中谷先生の言葉に、ぼくと宏ちゃんは顔を見合わせて笑った。

 

「――ああ、良かった」

 

 先生にお礼を言って、診察室を出た途端、宏ちゃんに抱きしめられた。

 

「わあ、宏ちゃんっ?」

「お前が何ともなくて、良かった。検査の結果が出るまで、ずっと気が気じゃなかったんだ」

「……あっ」

 

 愛しむようにこめかみに口づけられて、心臓がとくんと跳ねる。

 宏ちゃんの声や、腕から計り知れない安堵が伝わってきて……それが、とても愛おしかった。

 大きな背中に腕を回し、しがみつく。

 

「宏ちゃん、ありがとう。心配かけてごめんなさい」

「謝らないでくれ。……本当に良かったなあ」

 

 宏ちゃんはぼくをギュって抱きしめて、「良かった」って何度も言ってくれた。じんわりと胸が温かくなる。

 

 ――宏ちゃん、すごくいい匂い……

 

 喜びを表すような、芳しい木々の香りに包まれる。

 広い胸に頬を埋めていると気分がふわふわして……いつの間にか、体を預けるように抱きついていた。

 逞しい腕が、しっかりと抱き留めてくれる。

 

「……っ」

 

 その瞬間、もっと強く抱きしめて欲しくなって、頬が熱る。気恥ずかしいことを知られるのが、恥ずかしい。

 どきどきしていると、肩をそっと掴まれた。

 

「成……」

「宏ちゃん……」

 

 そっと仰向かされて、宏ちゃんを見上げる。灰色がかった瞳が、しっとりと光っていた。ぼくは、その輝きが近づいてくるのを、じっと待って……

 

「申し訳ない! 宏章さん、お伝え忘れたことが――あれ。どうしたんですか?」

「な、何でもありません!」

 

 突然、診察室のドアが開いて、中谷先生が顔を出した。

 ぼくと宏ちゃんは、大慌てで体を離し、真っ赤な顔で弁明した。

 

 

 

 

 中谷先生が、宏ちゃんにお話しがあるというので、ぼくは先にロビーで待つことにした。

 宏ちゃんは心配してたけど、センターの中やから大丈夫やって言うたんよ。それに……さっきのことで、まだ顔が変で。中谷先生の目を見られへんかったん。

 

『お話が終わったら、すぐに行くから』


 心配性の宏ちゃんの言葉を思い出し、クスクス笑ってしまう。

 エレベーターでロビーまで降りていくと、ちょうどお昼休みらしい職員さんたちと行き会った。


「先生、こんにちは」

「こんにちは、成ちゃん。健診だったの?」

「はいっ」


 そこで、軽く談笑する。

 皆さん、新しい区画のメンバーさんでとても忙しそう。ランチタイムやのに、たくさんの書類を抱えてはる。でも、「大変だよ」って言う顔は、誇りとやる気で輝いてはった。


「頑張ってくださいっ」

「成ちゃん、ありがとうねえ。じゃあ、またね!」


 手を振ってお別れすると、ぼくは近くのソファに座った。

 大きな窓から、さんさんと光が差し込む。――いいお天気で、眠くなりそう。 


「……ふう」


 深く息を吐いて、伸びをする。


「宏ちゃん、まだかなあ」


 呟いてから、はっとする。


――って、さっき別れたばっか! 子どもとちゃうねんから……!


 自分でツッコミを入れていると、エレベーターがついた音がした。

 勢いよく振り返って……ぼくは「あっ」と立ち上がった。


「涼子先生!」

「成ちゃん!」



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