第262話

「よいしょっ……と」

 

 青空の下に、真っ白いシーツがはためいた。風が吹き抜けて、物干しざおに並んだ洗濯物をかたかたと鳴らしてく。

 爽やかな陽気に、自然と笑みがこぼれる。

 

「ふふ。いいお天気やなぁ」

 

 ここのところ、雨続きやったから嬉しい。

 鼻歌を歌いながら、洗濯物を干していると……家の中から「成ー」と呼ぶ声がした。「どこだー」と近づいてくる。

 

「宏ちゃんっ?」

 

 ぎくりとして、振り返る。

 すると、もう後ろに来ていた宏ちゃんが、呆れ顔で見下ろしていた。大股に近づいてきたかと思うと、残りの洗濯物をひょいと奪われちゃう。

 

「ああっ」

「成、また働いて。のんびりしてなって言ったろ?」

 

 めっと指を立てられて、唇を尖らせる。

 

「宏ちゃんてば、大げさですよ。お洗濯干そうとしただけやのに……」

「だーめーだ。まだ本調子じゃないんだから、安静にしてないと」

「うぅ」

 

 ぼくは、しょんぼりと肩を落とす。

 怪我をしてからというもの、宏ちゃんの過保護に拍車がかかってるん。それほど心配をかけてしまったんやなって、反省しきりではありますが。

 

 ――でも、なにもさせて貰えへんのは、心苦しいよ~!

 

 宏ちゃんは、原稿展も始まったうえ、お仕事も忙しいのに。ぼくときたら、このところごはん食べて、遊んで寝てって、お化けもびっくりの生活なんやもの。

 ごはんを作ろうとしたら、どこからともなく宏ちゃんが飛んできて、「俺が作るから座ってなさい」。お掃除しようとしたら、「俺がするから遊んでなさい」ってなるし……!

 こんなん、そのうち罰が当たりそうで怖いねんっ!

 

「ねえ、宏ちゃん。ぼくもさせて?」

 

 てきぱきと洗濯物を干す宏ちゃんのまわりを、うろちょろする。

 すると宏ちゃんは、ちょっと考えるそぶりを見せる。

 

「そうだなー。じゃあ、涼しいところで、お茶でも飲んでおいて」

「それ、お仕事じゃなーいっ」

 

 ぷんぷんと両腕を振り上げると、宏ちゃんは大きな声で笑った。

 

 

 


 

 ほかほかのオムレツにお箸をいれると、チーズがとろりと溶けだした。

 ひとくち頬張ると、ふわふわのたまごに、チーズとポテサラがとろけて――目尻がふにゃふにゃになる。

 

「めっちゃ、美味しい~」 

 

 甘酸っぱいマヨの風味でさっぱりして、いくらでも食べられそう。夢中で頬張っていると、宏ちゃんが嬉しそうに言う。

 

「そうか。おかわりもあるぞ」

「わーい……はっ」

 

 喜びの声をあげかけて、頬が熱くなる。自戒したはずが、美味しいご飯に舌鼓を打っているなんて――また甘やかされてるっ!

 お箸を持って震えていると、唇に指が触れる。

 

「えっ」

「ついてたぞ」

 

 唇についたケチャップを拭われたんやって、気づく。悪戯っぽく笑った宏ちゃんが、ぺろりと指を舐めた。

 甘い仕草に、頬がぼんと燃え上がる。 

 

「ひええ」  

「どうした?」 

「宏ちゃん、甘やかさんといてぇ……!」

 

 ダメ人間になっちゃいます。

 しおしおと俯くと、宏ちゃんが苦笑した。

 

「つい、嬉しくてさ」

「宏ちゃん?」

「食欲が戻って、良かったなって。痛くて食えなかったろ?」

 

 気遣いの籠った声にはっとして、頬に触る。……湿布は貼っているけれど、もう殆ど痛みはなかった。

 生産に特化したオメガは、体が丈夫で治癒力も高いんよ。――その上、大切なアルファである、宏ちゃんがずっと側に居てくれるから、怪我の治りが早かったんやと思う。

 ぼくは、にっこりと笑う。

 

「えへ。宏ちゃんのおかげ。もう全然痛くないよっ。今日、センターで診ても貰うし、安心してね」

「そうだな。一休みしたら、一緒に行こうな」

「うんっ。お願いします」

 

 ぺこりと頭を下げると、宏ちゃんは笑みを深くする。

 例にも寄って、とっくに食べ終わっている宏ちゃんは、のんびりとコーヒーを飲んでいて。ニコニコしながら、食べているぼくを見ていてくれた。

 穏やかな眼差しに守られて、心がふわふわする。

 

 ――宏ちゃん、ほんまに優しいなあ……

 

 宏ちゃんに甘やかされて、お砂糖漬けにされるみたいな生活。

 とても有難くて、幸福で――ぼくには勿体ないくらいや。美味しいご飯を頂きながら、にまにましてしまう。

 

「えへへ」

 

 今日ね。中谷先生に「大丈夫」って太鼓判押して貰ったら、いっぱいしたい事があんねん。

 まず、お家のことして、お仕事のお手伝いもして。あと、それから……ふと宏ちゃんの手を見て、顔が燃えるように熱くなる。

 

「成、どした? 真っ赤だぞ」

「なな、なんでもないよっ!」

 

 ――あ、朝からなんてことを考えてるんやろっ。

 

 ぼくは大慌てで、宏ちゃんを誤魔化した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る