第248話

 アルファとオメガの番関係は……とても強固やって、センターで習った。

 アルファは、体内に毒を持っていて。オメガの項を噛み、毒を注入することで、オメガの細胞を変質させてしまう。

 自分の子どもしか宿さない様、子宮を縛りつけるために。

 

 ――アルファが死なない限り、解けることは無い鎖。

 

 もっとも、オメガ法ができてから番を結ぶカップルは、あまり多くないそうなんよ。

 というのは、オメガと婚姻したものの離縁したくなったという事例があって。そういうときに番になっていると、オメガをセンターに入所させることが出来なくて、困るからやって。

 やから……項を噛むって事は、アルファにとっては「一生離さない」、オメガにとっては「一生ついてく」っていう覚悟の表れなんよ。

 ぼくは、ほうと息を吐いた。

 

「そっか。ふたりは番になるくらい……大切に、想いあってるんやもんね」

「ああ、大丈夫。なるようになる。その割に、よくドタバタするよなぁと思うが」

「あはは……」

 

 ざっくりした物言いに、笑いが零れる。

  

「だって、人間やもんね」

 

 番になるって決めても、人間同士やから色々あるんよね。

 でも……それだけ想いあった二人なら、きっと大丈夫やって、そういうことなんやと思う。

 にこにこしてると、宏ちゃんがそっと身を屈めた。自然に目を閉じると、額にキスが降ってくる。――口が腫れてるから、気遣ってくれてるんやけど……ちょっぴり残念に思う。

 

「……んっ」

 

 痛まない方の頬、耳って、唇で優しく愛されて、吐息が震えた。

 ジワジワと喚き立てる蝉の声に追われるように、気もちが逸る。広い背にしがみ付いていると、一度ぎゅっと抱きしめられて、キスが終わった。

 

「……もう?」

 

 名残惜しくて、つい唇を尖らせると、宏ちゃんは苦笑する。

 

「これ以上は俺がまずい。病み上がりのお前を、いじめたくないからな」

「……ひえ」

 

 熱い吐息に唇を撫でられて、お腹がきゅうと甘く痛む。

 きらきら光る灰色の目が見られなくて、深く俯いてしまうと、優しい笑い声が降ってきた。

 

「かわいいな」

 

 抱き寄せられて、すっぽりと腕のなかにおさまった。木々の香りに包まれて、頬が緩む。外で、すっごく暑いのに、ちっとも離れたくない。

 宏ちゃんは、おもむろにぼくの項を撫でた。

 

「ひゃっ?」

「汗かいてるなあ。そろそろ入るか」

「あ……」

 

 悪戯っぽい笑みに、本当の心配が見え隠れする。

 触れられた項を抑えながら、ぼくは慌てて頷いた。残念そうな顔をしている気がして、居たたまれない。

 

 ――宏ちゃんが、優しくしてくれるのに……ぼくったら。

 

 鍵をあける宏ちゃんの横顔は、もういつも通り。

 ちょっと置き去りにされた気分で、熱を持つお腹に手を当てていると、

  

「成、おいで」

「わっ」

 

 突然、軽々と抱き上げられて、家の中に運ばれちゃう。

 目を丸くしていると、宏ちゃんは笑う。

 

「おかえり、成」

「!」

 

 嬉しそうな笑顔に、胸がいっぱいになる。

 

「ただいま、宏ちゃん!」

 

 ぼくも笑って、宏ちゃんを抱きしめた。

 首に頬を押し当てると、慣れ親しんだお家の匂いがして――じんわりと胸があったかくなる。

 

「宏ちゃん、大好き」 

「うん。俺も大好きだよ」

 

 すぐに返される言葉が嬉しい。

 ぼくは、ふふと笑った。

 

  ――……いつ、伝えたらいいかな。順調に、からだが開いてきてるって言われたこと。

 

 あのね。

 たくさん検査してもらったあと、中谷先生が言わはったん。

 陽平とのことで、がっくり下がっていたフェロモン値が、また上がり始めてるって。宏ちゃんとの生活で、ぼくの体が変わって行ってること――素直に嬉しい。

 番になるっていうことは、未開花のぼくには遠い話やと思ってた。でも、もうすぐこの体が大人になるのなら……ぼくたちが、変わることってあるのかな?

 宏ちゃんに、聞いてみたいような。

 なんだか、怖いような気もする。

 

 ――ずっと側においてくれるなら、なんでもいいの。でも……宏ちゃんが許してくれるなら――

 

  ジワジワと、蝉が鳴く。

  恋しいと喚くような蝉の声が、雨のように鼓膜を震わせていた。

 

 

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