第237話

「~♪」 

 

 自室のいぐさマットの上で、取り込んだ洗濯物を畳んでいく。

 

「わぁ~、乾燥機いらずやねえ」

 

 お天気やったから、目いっぱい干していったんやけど、どれもホッカホカ。

 

「一番大きいシャツは、宏ちゃんの。スポーツウエアは綾人の」

 

 洗濯物を畳むとね、人の存在を感じて、幸せやなあって思う。

 仕上げにバスタオルを広げて、中にパジャマと下着を折り込んで丸めた。ふかふかになったタオルから、柔軟剤と日なたの匂いがする。

 

「なーるみー」

 

 ほくほくしていると、綾人がお部屋にやって来た。手にはスマホを持って、何やら興奮気味のご様子。

 

「綾人、どうしたん?」

「あのさ、オレ電話してみた。佐藤さんに、朝匡と話したいって」

「えっ!」

 

 目を丸くするぼくの前に、綾人は滑り込むように座った。

 

「最初は、朝匡に電話したんだけどさ。仕事中みたいで出なかったから、佐藤さんに伝言お願いしたんだ。佐藤さん、朝匡に伝えてくれるって言ってた……たぶん、近々話し合う」

「そっかぁ。綾人、頑張ったねぇ!」

「うん!」

 

 頭を撫でると、綾人はニカッと笑う。

 急に、お兄さんと話すって言うてたときは、無理してるんちゃうかって思ったけど。晴れやかな笑顔に、ぼくは密かに安堵する。

 ニコニコしていると、綾人は照れたように頭をかきむしった。

 

「でも、久々に話すから、何言えばいいかわかんねえかも……怒鳴り合いになっちゃったりして!?」 

「大丈夫やてぇ。何でもええんよ。お兄さんは、綾人と話せたらなんでもうれしいよ」

「そ、そうかあ……?」

 

 ぼくは不安そうな綾人の手を、ぎゅっと握って励ました。

 昼間、お兄さんに会って来た宏ちゃんが言うには、綾人が恋しくてたまらないって感じやったみたいやし。

 

 ――そんな弱ってるなら、意地はる元気もないはず! きっと、綾人の言葉を聞いてくれるよねっ。

 

 ぼくは、内心でぐっと拳を握る。

 会いに来てくれるんやったら、第三者のぼくがセコンドをしたらいいし。

 

「話し合い、うまくいくといいね」

「ありがとうな」

 

 ぼく達は、笑い合う。綾人の顔は、緊張にぎこちないけれど……ここ数日見た中で、一番甘やかで。

 やっぱり、お兄さんのこと好きなんやなあって、伝わってきたん。 

 

 

 

 

「――というわけでね。良かったなあって思って」

「そっか。上手く行くと良いな」

 

 綾人がお風呂に入っている間に、宏ちゃんと書斎のソファに並んで座って、事の次第を報告した。聞き終わると、宏ちゃんはほっとしたように、和らいだ笑顔で言う。

 ぼくも笑顔で頷いた。

 

「うんっ。綾人ね、元気にしてるけど、やっぱり寂しそうやったから」

「兄貴も、ゾンビみたいだったぞ。綾人君が歩み寄ってくれて、今頃泣いてるんじゃないか」

「宏ちゃんってば」

 

 おどけた言葉に、くすくす笑ってしまう。

 そう言いつつも、話し合いのときは「俺がセコンドになる」って名乗り出てくれて。優しいのに、お兄さんには照れ屋さんなんよね。

 あったかいお茶を飲みながら談笑していると、ふと思い立って話す。

 

「そういえば、涼子先生がね。宏ちゃんによろしくって言うてたよ」

「ああ。立花先生かー。お元気そうだったか?」

「うん! あのねっ。今度、赤ちゃんの受け持ちなんやって。すっごい張り切ってはったよ」

「……!」

 

 活き活きと差配していた先生を思い出し、笑みがこぼれた。

 また、なにか差し入れを持って行きたいな。本当は、お手伝いしたいけど――昔ならともかく、今は中に立ち入らせてもらえへんやろうから。

 宏ちゃんが、大きな手で頭を撫でてくれた。

 

「そっか。成……」 

「えへ。本当に、よかったぁ……」

 

 先生は、ぼくの受け持ちを離れてから、たくさんの子を育てていたけれど……もういちど、赤ちゃんを受け持ちたかったの知ってる。

 

 ――ぼくが、十年前に起こしてしまった事のせいで、その機会が遠のいてしまったことも。

 

 ごめんね、涼子先生。

 でも、良かった――なんて、安心して。罪悪感を晴らしてしまう事は、ずるいよね。

 自嘲していると、ふいに肩を抱き寄せられた。パジャマがわりの白いTシャツから、ほのかに柔軟剤の匂いがする。もちろん、宏ちゃんのいい香りも……

 

 ――……宏ちゃん……

 

 ほう、と息をついて肩に凭れる。

 なんでか、ずっと張り詰めていた糸が、やわやわとたわんでいくような心地がした。久しぶりに遠出して、気を張っていたのかもしれない。

 目を閉じていると、頬を優しく撫でられた。

 

「……眠いか?」

 

 宏ちゃんが、低い穏やかな声で囁く。「ううん」と答えた声は、ふにゃふにゃで説得力がない。

 眠いわけじゃないんやけど、なんだか気持ちがとろけてしまって。

 ……と、そっと抱き上げられる。揺りかごみたいに、ゆらゆら体が揺れて、運ばれていると気付いた。

 

「寝ちまえ、成」

「でも……おふろ」

「風呂は後で。一緒に入ればいいからな」 

「……宏ちゃん」

 

 ぎゅっと抱きかかえられて、森の香りに包まれる。

 泣きたくなるほど、あったかい。

 子どもの頃に、戻ったような錯覚を起こしながら……ぼくは、頷いた。

 




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