第205話【SIDE:陽平】
『はぁ……婚約者に呼び出された。せっかく、飲み会だと思ったのに』
『あの人も父さんも、子を産むことしか期待してねぇから……』
晶は、ときおり婚約者の愚痴をこぼすようになった。
婚約者との間に、愛情はないこと。仕事を言い訳に、常に家を空けており、ヒートの時期にだけ帰ってくること。
『俺のこと、ダッチワイフにしか思ってねーんじゃん?』
『そんなことねぇよ。お前のこと、そんな風に思うやつなんて……』
投げやりに呟いた、晶の肩を抱く。すると、小さく笑って、俺に身を寄せてきた。
甘えるような仕草に、どきりとする。
『……サンキュ、陽平』
『べつに。当然だろ』
晶が弱音を吐くのは、決まって俺の前だけ。それ以外ではおくびにも出さない。
強気な蓑崎晶のイメージを、貫いていた。
――……俺だけが、本当の晶のことを知ってる。
責任感と優越感が、胸をいっぱいに満たした。
俺はついに、晶に頼られる男になったんだって。
――『くそアルファ! どっかに行けよ!』
あの無力な自分から、脱却出来た気がしたんだ。
いまや、晶は俺にだけ弱った姿を見せてくれる。その期待に、応えられる自分でいたかった。
その気持ちが、ますます強くなった頃――体質のことを、打ち明けられた。
『俺、抑制剤が効かない体質なんだよな。フェロモンも、抑えらんねーし……ヒートも不規則で、いつ起こるかとわかんねぇの』
晶のフェロモンに引き寄せられた馬鹿を、撃退したときだった。――ゼミ室で、乱れた着衣をかき合せ……晶は啜り泣き、話してくれた。
たしかに、おかしいとは思っていた。
昔の晶は、フェロモンを匂わせないよう、気を張っていた。なのに……再会した後の晶からは、常に艶美なフェロモンが漂っていたから。
『皆、俺が誘ったって。婚約者も、家に居た方が良いって言う……誰も、信じてくれない。俺が一番、こんな体を厭ってるのにさ。陽平……お前もどうせ』
悲しげに目を伏せた晶に、頭がカッとなった。
痩身を力いっぱい抱き寄せる。――味方だと、教えるように。
『馬鹿。何年、友達やってると思ってんだよ』
『陽平……』
『信じるに決まってる。お前はそんな奴じゃない』
言いながら、俺は腹が立って仕方なかった。
婚約者は――晶の体の事情を知りながら、放ったらかしなんだ。アルファの風上にも置けない、そう思った。
『俺が守る。いつも側に居て、危なくないように』
『……馬鹿だな。お前、成己くんになんて言うの? 他のオメガにべったりで、良い気しないって……』
宣言してやれば、晶は泣き笑いの顔で言う。こんな時まで俺の心配をする晶が、可哀想だった。
『大丈夫だ。成己は、そんな事気にするやつじゃない』
成己は良い奴だし、同じオメガなんだ。晶の気持ちを解ってくれるだろう。
それから――俺は時間の許す限り、晶の側に居た。それは、想像以上に大変だった。
フットワークが軽く、社交的な晶は一つの場所にじっとしている事が無い。勉強会でも飲みでも、誘われればどこにでも行ってしまう。
『お前だけだよ。俺に「あれするな、これするな」って言わねぇの』
けど、晶の信頼を裏切りたくなかった。ただでさえ、体質のことで敵の多いあいつだから、俺だけは味方でいたかったんだ。
『帰りたくないな。どうせ一人だし……』
『だったら、うちに来いよ』
他人の家に一人で居させるのが心配で、家に誘った。
プライドの高いこいつが応じてくれるかと思ったが、晶は俺を頼ってくれた。
次第に、うちに歯ブラシを、着替えを置くようになり……その度、心を許されていると誇らしくなる。
『あれー? 俺の服どこ!?』
『あっ、お洗濯してたんです。持ってきますね!』
晶が声を上げると、成己が畳んだ衣服を持ってきた。
『え、俺の分もしてくれたんだ。なんかごめんねー』
『いえいえっ。これくらいなんでも』
遠慮する晶に、成己がにこにこと笑う。
成己は……全てではないが、晶の事情を話すと、協力してくれるようになった。
一度、晶に嫉妬されたのは意外だったけど。事情を知れば、親身に頷いていた。
やっぱり、成己は話せば解るやつだ。
『遅くなるから、お前は先に寝てろ』
『えっ、でも……』
『いいから。陽平のお守りはまかせて』
酒が飲めない成己に付き合わせるのは可哀想だし、二人でないと出来ない話もある。
それに、成己に世話を焼かれなくても、晶は料理が得意だ。
成己を気遣い、さっと気の利いたツマミを用意してくれる。
――成己も、これくらい卒なく出来ればな……
つい、成己と比較してしまうこともあった。
成己は、飲まないせいか……センター育ちのせいか、そういう世事に疎い。
先輩達を連れて帰ると、居た堪れない思いにさせられることもしばしばで。最初なんかは、生姜焼きだのけんちん汁だの、ババ臭い献立を出して、爆笑されていた。
『成己さんって、ダメダメな奥さんだな~』
一緒になって、へらへらしてる成己が恥ずかしかった。
――あいつも、頑張ってるのはわかるけど……
オメガとして見られたくない晶のほうが、できるのは何とも皮肉に感じた。
『成己くんさ、俺のこと気を悪くしてるんじゃね?』
『なんで。そんなことねえよ』
『馬鹿。成己くんは、お前だけだろ? 俺にくっついてないで、ちゃんと構ってやれよな』
晶は、成己を常に気にしていた。ともすれば、鈍感なところもある俺より、余程。
成己が、晶を疎んじる理由はない。
そう思っていたからこそ……成己が、晶に牙を向いたのは予想外だった。
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