第202話【SIDE:陽平】

 ――パソコンで、拾った画像を再加工していく。

 画像編集ソフトを使えば、加工された画像を元に戻すことは、簡単だった。

 俺は、写真の成己の顔に付いたシールを消し、色調を補正したりして、元の写真へと復元する。

 

「……!」

 

 やがて、成己の笑顔がパッと現れた。……目を細めて、心から楽しそうにほほ笑む顔。

 ほうと息を吐き、モニターに触れた。

 

「……成己」

 

 西野さんのSNSを遡ると、成己の写真は他にもあった。それらを吸い上げて、加工を外していく作業に没頭する。


「……」


 自分でも、何をしているかわからない。別れた相手の写真を、わざわざ集めるなんて。

 けれど、恥ずかしがっていたり、ニコニコ笑ってたり。そのどれもが記憶にあって、見慣れたものなのに、目が離せなかった。

 

 

 

 

 翌日――


「ふぁ……」


 欠伸を噛み殺しながら、家の片づけをする。

 昨夜は、作業に没頭し過ぎて寝不足だ。ゴミ袋にゴミを放り込んでしまうと、洗濯物をまとめていく。

 ベッドに置いておいたブランケットをとると、ふわりと花の香りが漂った。

 

 ――……このブランケットは、いいか。

 

 まだ、使うかもしれねえし。

 誰かに言い訳するように思い、畳みなおして、椅子に掛けた。

 

「おい。替えの布団カバーって、どこだよ……」

 

 不慣れなことをすると、とにかくとろい。

 うろうろと、あちこちの戸棚を引っ張り出す。今まで、成己が全て管理していたからわからない。勢いで色々洗ったが、早計だったかもしれねえ。

 

「ここは……流石にねえか」

 

 ダメもとで、自室のクローゼットを漁る。……俺の服ばかりで、それらしきものは見当たらない。ため息をついたとき、あるものが目に入った。

 

「これ……」

 

 スニーカーの箱の影に、隠すように置かれている袋。――その中に入れていたものの記憶が、唐突に甦ってきた。

 震える手を伸ばし、取り上げると……愛らしい、清楚なデザインのショッパーが出てくる。

 

 ――成己にやろうと思って、買っておいたやつ……

 

 七月八日の、あいつの誕生日。プレゼントのつもりで、ガラじゃない買い物をして……見つからねえように、隠しておいたんだった。

 色々あって、すっかり忘れていた。

 

「は。……今さら出てきても仕方ねえだろ、こんなもん」

 

 成己が好きだろうと思っただけで、ちっとも俺の趣味じゃない。

 いっそ、捨ててやろうか――苦々しい気分で、目の高さに持ち上げる。持ち主のないプレゼントなんて、空しいだけだろ。

 

 ――『ぼくの誕生日なんて、スルーしたくせに!』

 

 ふと、野江夫人の誕生会で、泣いていた成己が思い浮かぶ。

 思い返せば、あいつは誕生日を大切にする奴だった。「おめでとう」って言ってやるだけで、大層喜んでいた気がする。

 

 ――『ありがとう、陽平……!』

 

 戯れに、菓子の缶を贈ってやったら、ずっと嬉しそうに抱いていた。――頬をピンクに染めて、幸せそうに顔をほころばせて。

 子どもみてえな奴だって、呆れた。晶や母さんなら、駄目だしするような物に、なんてご機嫌な奴なんだって……

 

「……っ」

 

 あの時の、成己の笑顔が離れない。

 今年も、俺が祝ってやれば――あいつは喜んだのだろうか?

 

「…………あほくさ」

 

 俺は、はっと嘲笑った。――こんなこと、考えたって仕方がない。どうせ、渡すつもりなんか無いんだ。

 袋を元に場所に戻し、クローゼットを閉めた。馬鹿な考えが、ちらつかない様に――

 

 

 正午を過ぎるころ、やっとあらかたの掃除を終えた。ゴミを出しに外に出ると、数日ぶりに浴びた陽光が、じりじりと肌を焼く。

 

「あっつ……」

 

 しかし、そう悪い気分でもない。――冷え切った部屋の中ばかりに居たからかもしれない。

 ふらふらと、その辺を散歩する。

 五月蠅く鳴く、蝉の声がする。陽炎のたつアスファルトを歩いていると、現実感が消えるような奇妙な感覚が起きた。


――なんか、久しぶりだな……


 そう言えば、一回生のときは、成己とよく歩いた。

 駅前のコンビニに行くと言えば、「ぼくも行きたい」って付いて来て……何が楽しいのか、わからなかったけど。

 

――『陽平、陽平。アイスクリームのお店、出来るんやて』

 

 アイスクリーム店の前を通ったとき、そんな言葉が過る。

 ――春先のことだった。

 その店舗は、入れ代わり立ち代わり新しい店に転生して、俺たちが越して来たばかりは、うどん屋。つけ麺の店を経て、今度はアイスになるのかと、二人で驚いた。

 

 ――『また、開店したら行こうね』

 

 甘いものが好きなあいつは、楽しみにしていたっけ。散歩の度、「まだかなぁ」とがらんどうの店を覗いていた、気がする。

 

「……もう、出来てんじゃん」

 

 いつの間に開店したのか、目の前にある店は、すでに営業中らしい。店から陽気な音楽が漏れ聞こえ、大学生らしい客が数人、アイスを食って駄弁っている。

 

 ――そうか。あれから、一緒に散歩することがなくなったのか……

 

 晶と再会して……俺は、晶の側を離れたくなかった。だから、コンビニは学内のものを使うようにして。必然的に、成己と散歩には行かなくなった。

 

「……」

 

 賑わう店の前で、立ち尽くす。 

 成己は、この店のアイスをひとり、食べに来たんだろうか。……思いかけて、すぐに否定する。

 あいつのことだから、待っていたに違いない。――二人で、来る時を。

 

「成己……」

 

 知らず俯いたとき、後ろから強く、肩を掴まれた。

 驚いて、振り返り――息を飲む。

 

「陽平」

 

 険しい顔の晶が、立っていた。

 

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