第四章~新たな門出~

第185話【SIDE:陽平】

 真っ暗闇に、俺は立っている。 

 

『陽平のばか』

 

 しゃくりあげる声が、聞こえた。

 成己だ。小さな顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙をこぼしている。

 

『どうして責めるの。ぼくのことなんて、どうでもよかったくせに。蓑崎さんのことが、好きやから』

  

 泣きながら、俺をなじる成己に腹が立った。

 華奢な肩を突き飛ばし、馬乗りになってやる。

 

『お前こそ、何だよ……! 他の男と結婚しておいて、俺を責めるのか。あの野郎と……!』

 

 細い腕を掴んで、ねじり上げる。――この腕で、野江の野郎に縋っていたくせに。顎を掴んで、唇に触れる。

 野江に抱かれ、大人しくキスを受けいれていた姿が甦り、叫んだ。

 

『俺以外に、許したんだろうが! ふざけるんじゃねえよ!』 

『……っ!』

 

 成己は真っ青になり、息を飲んだ。しおれた花のように、声も出せずに泣き始める。その哀れな姿に、腹の奥が焦げるような衝動がこみ上げてくる。

 

『……成己!』

 

 俺は成己の体を組み伏せ、着物をはぎ取った。解いた帯で、抵抗する両腕を戒める。

 真っ白い体に挑みかかると、成己は悲鳴を上げて、じたばたともがいた。

 

『やめて!』

『うるさい! お前は……』

 

 拒絶の言葉を言えないように、涙に濡れた唇を奪う。怯えて縮こまっている舌を強引に絡めると、成己は喉の奥で呻いた。

「いや」、そう言ったのがわかり、ますます視界が赤くなる。

 

 ――ふざけるな! あの男に許したくせに。お前は。お前はッ……!

 

 逃げようとする成己を抱き寄せ、強引に体を暴く。成己は、身を裂かれた小さな獣のように叫び、床でのたうった。

 

『ああ……!』

 

 縛られた両手の、爪が真っ白になるほど握りしめられていた。小さな顔は、汗と涙でびっしょり濡れている。

 

『っ、はは……』

 

 やってやった――そんな暗い感情が湧きおこり、俺は唇を歪めた。すすり泣く成己の頬に、舌を這わせる。

 お前が悪いんだ。他の男に媚を売るから……

 細い腰に十指を食いこませ、繊細な場所を穿つ。

 

『お願い……やめて、陽平』

『うるさいっ……大人しくしろ!』

 

 成己は、必死に俺の胸を押し、逃れようとする。

 全力で、腕の中の成己を追い込んでやった。――晶との行為に、オメガのいいところは知り尽くしてる。

 すると……咽び泣きながら、揺さぶりに合わせて甘い声を漏らし始める。

 

『ああ……』

 

 真っ青だった顔が上気し、力を失った体が明け渡される。

 優越感に、全身が震えた。

 

 ――成己……!

 

 思わず、口づけると……成己の唇が動いているのがわかった。

 何だ? 訝しく思い、その言葉を読む。すると、声にならない声で……成己はしきりに呼んでいた。

 ――「宏兄」と。

 

 

 

 


 

 

「……ッ!?」

 

 急激に、意識が覚醒する。――暗い部屋に、俺の荒い呼吸が響いた。

 

 ――夢、か……?

 

 呆然と、暗い部屋を見渡す。いつもの自宅の寝室で、眠っていた事を思い出した。

 

「……ちっ」

 

 何やってんだ、俺……。成己がいるはずねえだろ。

 そう、独り言ちながらも……さっきまで、成己を抱いていた感覚が、体に残っている。

 熱い息を吐くと、隣から声が聞こえた。

 

「……ん。陽平? どうしたんだよ」

 

 晶が、気だるそうに欠伸をする。――そう言えば、共にレポートをすると言って、泊まりに来ていたんだ。

 

「悪い。なんでもねぇよ」

「……ふうん」

 

 晶は――無意識なのか、こっちに体を寄せてきた。

 スエットごしに、足を絡められ……夢の名残で昂っていた場所を刺激される。息を詰めると、ますます動きが大胆になった。

 

「晶、お前っ……わざとだろ」

「ふふ。お前こそ、期待してたんだろ? こんなにしといて……さ」

「……っ」

 

 淫靡に笑った晶が、さっと動いた。俺に馬乗りになって、腰を揺らし始める。布越しにゆるい刺激を与えられ、俺は呻いた。

 

「あ……っ、ん……」

「くっ、おい……試験期間はしねえって」

 

 今日、家に来るなり、そう釘を刺したくせに。

 いまの晶は、甘い吐息を漏らし、俺の体にしなだれてくる。香るフェロモンや、悪戯な目つきが、「したい」のだと、訴えかけていた。

 

「……はぁ……っ気が変わったっ……可哀そうな陽平ちゃんを、慰めてやるよ」

「……っ、お前なあ……」

 

 気分屋すぎる行動にむっとして、押しのけてやりたくなる。けれど……晶の体から香るフェロモンに、ますます忌々しい熱が高ぶってしまう。あんな夢を見ていたせいで、尚更――

 

『陽平……』

 

 夢の中の、成己の肢体が浮かび――頭がカッとなる。俺を受け入れながら、辛そうに涙を流していた、成己が……

 

「――くそっ!」

 

 俺は晶の腰を抱え、乱暴に押し倒す。

 

 ――誰が……元婚約者を忍んで、熱を持て余すなんて……惨めな真似してたまるか!

 

 誘うように開いた唇に、噛みつくように口づける。唇に、ぬるりと情欲の気配のある舌が絡む。――クソ、とますますいら立ちが募り、ベッドに縫い付ける。

 

「あっ……陽平」

「抱いてやる。……大人しくしてろ」

 

 吐き捨てるように言うと、もどかし気に身をくねらせる白い体から、服を剥ぎ取った。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る