第183話

 日が、陰り始めるころ――寝室は、しっとりとした熱気を帯びていた。

 ぼくと宏兄は、寄り添ってベッドに寝そべっていて。素肌のまま、ぴったりとくっついて……抱きしめ合っている。

 

「成……少し落ち着いたか?」 

 

 大きな手に、やさしく背を撫でられて……吐息が漏れた。

 

「ううん……まだ、ちょっとだけ……」

 

 ぼくは甘えるように、逞しい胸にくっつく。

 まだ、からだ中が喜びに満たされてる。甘く疼くような波がおなかの奥に残っていて……身体に力がはいらへん。

 

「そっか……ゆっくりでいいよ」

「……あっ……」

 

 宏兄はぼくを抱き寄せて、労わるように撫でてくれた。甘い感覚に浸ったからだが、ぴくんと震えてしまうのを、優しい眼差しが見つめてる。

 

 ――宏兄、やさしい……

 

 宏兄にぎゅっと抱きついて、身体をぴったりくっつけた。でないと、胸の奥がきゅうって切なくて、いられへんかったん。

 こうして、抱きついているだけでも、思い出してしまう。 

 ぼくの上で躍動していた、宏兄の熱い体――

 


『成、すごく綺麗だ……』

  

 甘い、低い囁きに鼓膜を振るわされた。

 大きな手のひらに、秘めた場所を包まれると、何度も上りつめて。……はじめてのことだったのに、夢中になって宏兄にしがみついてしまった。

 

『宏兄……もう、だめ……』

『いいよ。また可愛いとこ、見せて……』

 

 体の奥に長い指を含まされたまま、高みに導かれたとき……もう、気を失いそうに気持ち良くて。


 

「……っ」

 

 思い出すだけで、お腹の奥がぞくぞくして、潤んでくるみたい。宏兄が与えてくれた余韻が駆け巡っていって……ちいさく体を丸める。

 

「どうしたんだ?」

 

 宏兄が、よしよしと子供をあやすように、頭を撫でてくれる。 

 あたたかな手が恋しくて、頬をすり寄せた。

 

「あのっ、宏兄……ごめんね」

「ん?」

 

 宏兄は、不思議そうに眉を開いた。ぼくは、じっと見上げて、もそもそと口にする。

 

「えと。最後まで、できひんくて……」

 

 ぼく達――最後までは、できなかったん。 

 と言うのも、ぼくが初めてだったので。宏兄を受け入れるには、たいへん無理があったといいますか……。

 宏兄は、無理強いせんくて。手と唇だけで、ぼくを抱いて……優しく高みに導いてくれたんよ。

 

 ――ぼくばっかり、よくて……

 

 しゅんとしていると、頭を撫でる手が、わしわしと髪をかき回した。

 

「ひゃっ!?」

「馬鹿だな。そんなこと気にするな」

「でも、宏兄は……」

 

 思わず、宏兄のそこを見つめると、「こら」と顎をすくわれてしまう。しっとりと唇が重なって、何も言えなくなっちゃう。

  

「焦んなくていいよ。時間は、たっぷりあるんだから」

「宏兄……」

「ゆっくり、二人で楽しんでいこう。――なっ」

 

 こつん、と額がくっつく。穏やかなほほ笑みが間近にあって、とくんと胸が震えた。

 また――ぼくに、期待してくれるんやね。

 

「宏兄、ありがとう……」

「成……?」

「すごく幸せ。ぼく……」

 

 言いながら、涙ぐんでしまう。

 ぼく、初めて知ったんよ。……大切な人にからだを触れられると、こんなに幸せな気持ちになるんやって。

 

「宏兄とこうなれて、幸せ」

 

 なんかね――からだが、生まれ変わったような気持ちなん。

 宏兄にいっぱい触れてもらって、とろとろに溶かされて……自信がなかった自分も、溶けだしていったみたい。

 不思議やんね。子どもっぽいのも、やせっぽちも、そのままやのに。

 宏兄は静かに頷いて、目尻に口づけてくれた。

 

「ああ。俺も幸せだ」

「……宏兄っ」

「ずっと、こうして……一緒に居ような」

「うんっ……」

 

 ぼくは、宏兄にしがみつく。すぐに抱き返されて、じんと胸が熱くなってしまう。

 当たり前に、未来を約束してくれることが、嬉しかった。

 

 ――ぼくも、ずっとこうしていたい……あなたと、一緒にいたい。

 

 優しく抱き寄せられて、指先で髪を梳かれた。広い胸に頬をくっつけて、熱い鼓動を聞く。そうしていると――やすらぎと、ときめきが体に染みわたってくるみたいやった。


「大好きだよ、成」

「ぼくも……!」


 頑張るねって、胸の中で誓う。――いつか、必ず……オメガとして、あなたのことも受けとめてみせるよ。

 だから、ずっと――ぼくに期待していてください。

 あなたのオメガとして、応えていくから。

 

「ん……?」

「どうした?」

 

 不思議そうな宏兄に、はにかんでしまう。「宏兄」って呼ぼうとして、違うなって思ったん。

 

 ――もう、「宏兄」じゃないよね。こんなこともしちゃったし……

 

 一人で納得すると、口の中で言葉を転がした。ずっと呼んできた名前だから、少し離れがたいけれど。これからは、あえて……違う形で呼んでみたいねん。

 

「んと……宏章さんは、他人行儀やし。ひろくん――宏ちゃん!」

「お?」 

「宏ちゃん。もうお兄ちゃんじゃないもん……ぼくの旦那様」 

 

 新しい呼び名に満足して、にっこり笑う。

 

「……成!」 

 

 感極まったように、宏兄……宏ちゃんが、ぼくに飛びついてくる。ぼく達は、二人でベッドに折り重なって、弾んだ。

 

「わあ、宏ちゃんっ。重いです!」

「成。もっと呼んでくれ」

「宏ちゃん。ひろ……んっ」

 

 呼べって言っておいて、キスで唇を塞がれる。情熱的な口づけに、息継ぎもままならない。「これじゃ呼べへんやん!」って、笑いがこみ上げた。

 

「宏ちゃ……ふふっ、くすぐったい」

「お前ってやつは、可愛すぎるぞ……もっと呼んで」

「はい。宏ちゃんっ」

 

 ぼくと宏ちゃんは、笑いながら抱きしめ合う。

 それから、ケーキが届く時間まで……二人で、ゆっくりとシーツに溺れた。

 

 


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