第182話

 しゅるり。

 心臓が壊れそうにドキドキしていても、衣擦れの音はよく聞こえた。宏兄の手元で、ぼくの腰紐がどんどん長くなっていくのを、「ひゃああ」と叫びたい気持ちで見守る。

 

 ――怖くないのと、恥ずかしいのは、また別……!

 

 ぎゅっと肩にしがみつくと、頬にキスされる。

 

「……恥ずかしい?」

「だ、だって……」

「恥ずかしそうなのも、そそるけどな」

「もうっ……宏兄っ」

 

 ぽか、と肩を叩くと、宏兄は笑う。

 ふいに、おなかに大きな手が触れて、驚く。いつの間にか紐が解かれて、ローブが大きくはだけていた。

 

「あ……!」

「だめだよ」

 

 とっさに、前をかき合わせようとした手を、取られる。驚きの声は、深いキスで封じられちゃった。それから――するするって衣擦れの音と、背なかをタオル地が滑っていく感触。

 逞しい胸に抱き寄せられて、袖を抜かれた。

 

 ――あ……脱がされちゃってる……

 

 宏兄のキスに溺れながら、泣きたいほどの切なさに襲われる。

 ……自分で脱ぐのと、違う。

 大切な人に、衣服って言う外殻を、全部脱がされて……裸の自分を望まれるってこと。こんなに、恥ずかしくて……焦がれるような気持ちになることやったん?

 

「宏兄……」

「……ああ」

 

 低く甘い、宏兄のため息に、ぞくんと背筋が震える。

 シーツの上に、横たえられて――一糸まとわない肌を、宏兄の熱い眼差しが撫でていく。くすぐったいほどの視線に、身をくねらせると……そっと肩を掴まれた。

 

「……もっとよく見せてくれ」

「……!」 

「すごいな……華奢で、どこも真っ白で……白磁みたいだ」

「……えっ! そ、そんな……」

 

 甘く囁かれて……顔がこれ以上ないほど、熱くなる。両手で顔を覆うと、もごもごと呟く。

 

「う、嬉しいけどっ……それほどのものでは……」

「なんで? こんなに魅力的なのに」

「そ、そんなこと……子どもみたいやしっ……?」

 

 両頬を包まれて、キスされる。潜り込んできた舌が、やわらかく動いて、自信のない言葉をさらってしまう。

 

「……子供なら、俺も苦労しない」

「……っ」

「お前は、綺麗だ」

 

 真摯な囁きに、きゅんと胸が高鳴った。

 

 ――宏兄……!

 

 蜂蜜のように甘い声と――浅黒い肌から香る、芳しい木々の匂い。宏兄の全てが、ぼくの心を温めてくれる。

 夢中で、背中に抱きついていると……大きな手が、ぼくの輪郭をなぞる。しっとりとした熱い手のひらに、肌を撫でられて……涙が滲んだ。

 

「あ……」

「お前の肌……なめらかで、すごく気持ちいい」

「……っ、ほんと?」

「ああ。もっとくっついて」

 

 体を起こされ、お膝の上でぎゅっ、と抱きしめられる。

 大きな手が、背中を何度も撫でてくれた。いつも、「大丈夫だよ」って伝えてくれるときみたいに。

 

 ――気持ちいい。ぽかぽかして……

 

 ぼくは宏兄にくっついて、ほうと息を吐く。

 でも――少しだけ、いつもと違う。安心するだけやなくて……お腹の奥がじんじんと、甘く潤んでいく気がする。

 なんだか息が苦しくて……急き立てられるように、宏兄に抱きついた。

 

「……宏兄っ。宏兄……」

 

 ぎゅう、と広い背中を二本の腕で、締め付ける。もどかしくて……そうすれば答えが絞り出せるんやないかってくらい。

 

「成、いい子だ……」

 

 がむしゃらなハグに、宏兄はくすりと笑った。やけに嬉しそうな声音に、びっくりしていると――頬に、からかうようにキスされる。

 ちゅ、ちゅって、小鳥が啄むようなキス。唇の端や、顎にも……数えきれないほど。

 

「ひゃっ……くすぐったいよぅ」

「ほらっ、逃げるな。可愛いから、キスさせろ」

「やあっ」

 

 つい笑った唇を、キスでふさがれる。……抱きしめられて、するの好き。うっとりと目を閉じて、受け入れていると……気がつけば、またベッドに背中がついていた。






 天井を背にした宏兄は、燃えるように熱い目をしている。――しゅる、と腰ひもを解いたと思うと、ローブが大きくはだけた。

 

「あっ……!」

 

 均整のとれた、逞しい体が露わになる。浅黒いなめらかな肌に、汗が滲んで……はっとするほど、綺麗。

 宏兄は、惜しげもなく脱いでしまうと、ぼくの上に覆いかぶさった。

 

「可愛いなあ、お前。こんなに真っ赤になっちまって」 

「だ、だって……」

 

 目のやり場に、困るんやもんっ。

 おろおろしているのが面白いのか、宏兄は声を上げて笑った。むっとして、睨むと……宏兄は、ぼくの指先に口づけた。

 

「!」

「ごめんな。あんまり嬉しくてさ」

 

 上目にぼくを見つめて、宏兄ははにかんで笑う。そんな王子様みたいな仕草も様になるなんて、ちょっと悔しい。


――ぼくだって……!


 ぼくは両腕を伸ばして、ぎゅっと首にかじりついた。

 

「成?」

「ん……」


 薄い唇に、自分の唇を押し付けた。合わせ目をぺろ、と舐めると……思い切って、侵入する。

 宏兄は、無作法なぼくを招き入れて、好きにさせてくれた。

 それに勇気を得て、宏兄のなかを冒険する。

 

 ――えっと。宏兄は、どんな風に……

 

 宏兄のやり方を思い出して、懸命に舌を動かす。気持ちよくなって欲しくて、頑張っていると、大きな手に頭を撫でられた。

 

「っ、宏兄……きもちいい?」 

「いいよ……もっとしてくれ」

「うんっ」

 

 褒められて、嬉しくなる。

 整った歯並びを舌先で舐めると、宏兄が息を漏らした。

 ――きもちいいのかな? 調子に乗って、鋭い牙に狙いを定める。飴を舐めるように、丁寧に舌を絡めると……ぐい、と頭が引き寄せられた。

 

「んむ……?!」

 

 宏兄に、思い切り反撃されてしまう。舌を拘束し、優しく噛まれて、唇がとろとろになる。少し強くされると、言葉にならない泣き声が出てしまった。


――きもちいい。知らへんかった、こんな……


 宏兄の、強引で激しいキス。優しいのも、激しいのも……どっちも好き。

 

「あ……うう……」

 

 知らないうちに……もじもじと、内ももを擦り合わせていた。

 すると、しっとりとして熱い手のひらが……ぼくのお尻を包む。

 別の手で、脇腹を撫でられて、吐息が震えた。――そんなとこ、くすぐったいはずなのに。

 

「ああっ……!」

「成……かわいい」

 

 指先で撫でられるたび、吐息を弾ませてしまう。

 もう一方の大きな手に、掴まれたままのお尻が……落ち着かない。時折、優しく指が食い込んできて、たまらない気持ちになる。


「やあ……」


 背中を撫でられて、びくんと体が震える。さっきまでと、違う。


――きもちいい? どうして……?


 体を、撫でられているだけなのに。

 腰の骨の奥から、ぱちぱちって炙られるように甘痒くなってきて……

 

「や、あ……ひろにいっ。だめっ」

「……どうして?」

「へん……おなか、苦しいっ。熱い……」

 

 とぎれとぎれに、体の異変を告げると……宏兄は、頬にキスしてくれる。


「それで良いんだ。そのまま、受け入れて……」

「……っ……良いの?」


 ぐす、と鼻を鳴らす。

 こんなに恥ずかしいのに……これでいいん?


「ああ。成の体、熱くなって……すごくいい匂いがする」

「……ほんと?」

「俺を欲しがってる。……嬉しいよ」


 宏兄が、ぼくの首筋に鼻を埋める。

 深い興奮を帯びた声に、とくんと鼓動が跳ねた。涙が溢れて、熱い頬を伝う。


「宏兄……」


 ぼくの体に、宏兄が喜んでくれてる。――ぼくでも、宏兄の期待に……応えることが出来るの?

 嬉しくて、涙が止まらない。しゃくりあげると、抱き寄せられた。


「成……好きだよ」

「……っ、うん。ぼくも、大好き」


 項にキスされて、心が震える。ぼくは、宏兄を振り返り、ぎゅっと抱きついた。


「宏兄、もっと教えて……宏兄のこと……」

「……ああ。俺も、お前を知りたい」


 強く、抱き返される。

 むせるほどの木々の香りに包まれて……ぼくは、幸福な吐息を漏らした。


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