第170話

「いやあ、こんなに美しい方を迎えるとは、さすが野江家だ。宏章くん、やっと仕事に張り合いが出たんじゃないかね?」

「ええ、それはもう。妻は僕の生き甲斐です」

「なんと。こいつは当てられた!」

 

 わっはっは、と赤ら顔の社長さんが、のけ反って笑う。ぼくはと言うと……宏兄の隣で照れまくりながら、「あはは」と笑っていたりして。

 

 ――宏兄ったら、もう。おふざけばっかり言うんやもん……!

 

 しかも、ちょっと嬉しいから困る。組んだ腕にそっと力を込めると、穏やかなほほ笑みが向けられた。 


 ――大盛り上がりでゲームが終わり、パーティも終盤。

 また歓談モードに入った場内で、ぼくと宏兄は、お客様たちからたくさん祝福の言葉を頂いた。

 

「成己くーん、本当におめでとう!」

「着物、すごく綺麗ね。大切にされてるみたいで安心したわ」

「わあ……ありがとうございますっ。友菜さん、芽実さん」

 

 友菜さん、芽実さんもパーティに参加されててね。お話したんよ!

 

「お、奥さん、おめでとう。ずっ、本当に良かった~」

「泣くなよ、お前~。奥さん困ってるだろ」

「岩瀬さん、渡辺さん。ご心配おかけしましたっ」

「成己さん。俺が言えた義理じゃないけど、おめでとう。幸せそうで良かった」

「こ、近藤さん……!」

 

 岩瀬さんと渡辺さん――なんと近藤さんも、お祝いしてくれはったん! 友菜さんがこっそり教えてくれたんやけど、近藤さんは幹部候補に戻れるよう、いま真面目に頑張ってはるんやて。

「手がかかる奴!」と嘯く友菜さんの笑顔は輝いてて、ぼくも嬉しくなった。

 

「城山が関わってなくても、あたし達が友達なのに変わりないし。また、一緒に遊ぼうね!」

「はいっ。ぜひ!」

 

 ぼくはにっこり笑う。――皆さんの気持ちが有難くて。

 陽平と居た時に、皆さんと出会って仲良くしてもらった。……そのつながりが、また続けられることが、とても嬉しい。

 

「成、良かったな」

「うん……!」

 

 友菜さんたちに手を振っていると――宏兄が、隣に戻って来て言った。

 宏兄、皆さんと話している間、「ゆったり話せるように」って、遠巻きに見守ってくれてたん。やさしいね。

 差し出された大きな手に、笑って手を重ねる。

 

「疲れてないか?」

「うんっ。嬉しくて……たくさん、お祝いしてもらえて幸せ」

 

 こんな素敵な場を下さったお義母さんに、本当に感謝です。……お義父さんと一緒に、お客様と談笑してるお義母さんを見る。そして、少し離れたところで、お兄さんと賑やかに言い合っている綾人も。

 

 ――ほんまに、ありがとうやなあ。こんなに、たくさん貰って……

 

 胸がギュってなるほど嬉しくて、宏兄の手を握る。――宏兄は、ふと優しくほほ笑んだ。

 

「成は良い子だからな。みんな、お前に幸せになって欲しいって思うんだ」

「宏兄……!」

 

 宏兄に、そっと肩を抱かれる。――あたたかな森の香りに包まれて、胸がとくんと鳴った。

 ぼくが、もし幸せになれるなら……宏兄がいてくれるおかげや。

 隣にある温もりがいとおしくて、ぼくもそっと身を寄せる。

 

「……なあ、成。ちょっと脱け出さ」 

「――宏章さん!」

 

 宏兄が囁きかけた時――聞き覚えのある低い声が、嬉しそうに宏兄を呼んだ。

 

「くっ、またか」

 

 一瞬、すごい顔をした宏兄は、振り返って目を丸くする。

 

「ああ、貴彦さんじゃないですか!」

「宏章さん、先日はどうも。本日は、おめでとうございます」

 

 ぼくも、びっくりした。

 にこやかな笑みを浮かべ、宏兄に話しかけるのは、なんと椹木さんやったん。二人は知り合いやったみたいで、にこやかに話してる。

 ぽけっと二人の顔を見ていたら、宏兄が笑顔で振り返る。

 

「貴彦さん、妻の成己です。成、こちらは椹木貴彦さん。仕事でお世話になってるんだ」

「はっ。――成己と申します! あの、先ほどはありがとうございました」

 

 慌てて頭を下げると、椹木さんは穏やかに笑って挨拶を返してくれた。

 

「とんでもない。貴方が、宏章さんのパートナーでいらしたとは……お会いできて光栄です」

「あれ。会ったことが?」 

「先ほど、少しご挨拶させて頂いて」

 

 不思議そうな宏兄に、椹木さんはさらりと流さはった。……あんなに鮮やかに助けてくれはったのに、謙虚な方なんやなあ。オメガが揉めると、番のアルファに怒られることもあるから、気を遣ってくれはったのかも。


 ――さっきも思ったけど、すごく良い人やあ……


 お話を聞けば、椹木さんと宏兄は昔から知人ではあったみたいやけど、最近、とみに仲良くならはったみたい。それがね、「桜庭先生」としてお仕事を一緒にしたからなんやって。

 

「私は、昔から推理小説に目が無くて。桜庭先生は、デビュー当初から凄い方が出てきたなと、愛読していたんです。対談の話を勇んで受けたら、宏章さんがいたので、驚きましたよ」

「わあ、そうなんですかっ?」


 楽し気に声を弾ませる椹木さんに、ぼくは嬉しくなった。だって桜庭先生を好きな人に、悪い人はおらんもの。


「よかったね、宏章先生」

「うーん……はは、昔から世話になってる貴彦さんに読まれてるとは、面映ゆいです」

 

 宏兄は、困り顔でわしわしと頭を掻いてる。照れ屋さんでかわいい。

 ふいに、何か思い出したように、「あ」と宏兄が声を上げた。

 

「そういえば、大丈夫でしたか? 恋人さんは」

「あ……その節は、大変お世話になりました」

 

 恋人さん?

 きょとんとしていると、宏兄がそっと耳打ちしてくれる。――椹木さんの恋人は体が弱い方だそうで、彼はいつも心配してはるんやって。この前の対談も、急病の恋人さんの為に途中で帰らはったそうなん。

  

「おかげさまで回復しまして、もう元気になったんです……今日も、一緒に来させてもらってるんですよ」

 

 椹木さんは恋人さんを想っているとわかる、とても優しい目で言う。

 

「そうなんですか……良かったです」

「ありがとうございます。あ――噂をすれば、あそこに。私の秘書とともにいるようです」

 

 人波のなかに探し人を見たのか、椹木さんは誰かを手招いたみたいやった。

 少しもしないで、スーツを着た厳しい顔立ちの男の人が、近づいて来た。彼に伴われてもう一人、影が見える。

 

「……!?」

 

 その人が近づいて、誰かわかった瞬間――ぼくは、息を飲んだ。

 艶やかな黒髪の、白皙の美貌。右目の下の、赤い花の紋様……よく知った人の姿に、ぼくは心臓が嫌な感じに鼓動する。

 うそ。まさか、あのひと――?

 

「――!」

 

 向こうもぼくに気づいたのか、顔色を変えている。

 

「晶君」

 

 椹木さんは、びっくりするほど優しい声で、彼の名を――蓑崎さんを呼んだ。

 それから。それから……朗らかな笑顔で、ぼくと宏兄に向き直る。

 

「宏章さん、成己さん。ご紹介します。私の婚約者の、晶です」

 

 

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