第160話

「はぁ~……」

 

 ぼくは、しょんぼりと息を吐く。

 翌日の午前中――無事ホテルのロビーに、到着しました。大きな窓から見える庭園には、さんさんと陽光が差して、緑が萌えてます……。

 

「どした、成己。なんか暗くね?」

「あっ」

 

 隣の綾人が、不思議そうに問う。ぼくは、ハッとわれに返る。――いけない、暗い顔するなんて。

 

「なんでもないねん。ちょっと緊張して」

 

 この言い訳、めっちゃ使ってる気がする。綾人は、「なんだ」と白い歯を見せて笑った。

 

「だーいじょうぶだって! パーティたって、オレらは殆どすることねえしさ。楽しもうよ」

「綾人……」

 

 がし、と肩を組まれる。夏の陽射しに負けない綾人の笑顔に、勇気づけられた。

 

「うん……! ありがとう、綾人」

 

 にっこりすると、綾人が照れたように目元を赤らめる。

 

「へへ……成己、めっちゃ綺麗だな」

「本当?! 嬉しいっ」

 

 ぼくは、ぱっと笑顔になる。

 宏兄が選んでくれた桜色のスーツには、繊細な刺繍が施されてて。すごく綺麗で、ぼくも大好きなん。

 

「綾人もスーツ、凄く決まってる。かっこいいね!」

「そうかなー、へへへ」

 

 爽やかなネイビーのスーツに、活動的なスニーカーが綾人らしい。シンプルな分、彼の颯爽とした美質が際立っていた。

 心から言うと、綾人は嬉しそうにポーズをとってる。かわいい。

  

「ホントは、パーティだしさ。着ぐるみ借りて、着てこうと思ったんだよ! ゆるキャラとか、お義母さん好きだしウケるかなって。朝匡に止められちまったけど」

「あはは。お茶目すぎるよっ」

 

 綾人って、ほんとに楽しいんやから。

 和やかに談笑していると、「おーい」と声がかかった。ぼくは途端に、ぎくりと肩を強張らせる。

 

「あ、宏章さん!」

 

 離れたところで、お兄さんと話していた宏兄が、にこやかに言う。

 

「成、綾人くん。お待たせ。もうじき受付が始まるらしいから、行こうか」

「わかったっす! あれ、朝匡は」

「兄貴は、母さんに捕まってるよ」

 

 朗らかに話す二人の声を聴きながら、俯いていると……ぽんと背中を叩かれる。

 

「宏兄」

「成、行こう。大丈夫だよ」

「……っうん」

 

 宏兄が微笑んで、手を差し出してくれた。ぼくは、大きな手を取りながら、なんとか頷く。

 

 ――うう。優しい笑顔が、見られへんよう……



 

 ぼくは、昨夜のことを思い出す。 

 あのあとね――結局、なんもなかったんよ。

 

『成。無理しなくていい』

『えっ……』

 

 ボタンを外そうとした手を、そっと宏兄が押しとどめた。驚いて見上げたら、優しい眼差しがあって――そっと腕に抱き寄せられたん。

 

『ほら、こんなに震えてるじゃないか』

 

 かたかたと震える体に、気づかれていたみたい。宏兄は、優しい手つきで頭を撫でてくれた。

 

『でも……』 

『いいんだよ。俺のために、ありがとうな』

 

 そして、宏兄はぼくを腕に抱いたまま、寝かしつけてくれたと言うわけなんです。

 

 ――罪悪感っ!



 

「あうう」

 

 頭を抱えて、うんうん唸る。

 自分から誘っておいて、結局は怖気づいてしまうなんて、ぼくは一体何様なん?! 

 それやのに、宏兄は本当に優しいから。朝からも、ずっといつも通りに接してくれてるん。ぼくは、宏兄に申し訳なくて……ぎこちなくなってしまって。

 

 ――ぼくのバカ。宏兄は、こんなに優しいのに……怖いことなんか、ないやんか。

 

 ニ十歳で、大人やし。結婚もしてるのに……ぼく、気もちが甘えてるんやろうか。

 

「……」

 

 ちらり、と宏兄を見上げると、「ん?」と切れ長の目が尋ねてる。

 その背後に、パーティの受付が見えて、ハッとする。

 

「どうしたんだ、成」

「だ、大丈夫ですっ!」

 

 ぼくは、慌ててぶんぶんと頭を振った。

 いけない。これ以上、心配かけたら――ぼくは、ふんすと気合を入れなおす。

 

 ――えい、しっかりしなさい! 今日はお義母さんの誕生日……心を込めて、お祝いするんや!

 

 宏兄がそっとしてくれてるのに、ぼくが蒸し返していてどうするっ。

 ぼくは、にっこりする。

 

「なんでもないよっ。さっきね、パーティ楽しみやなって、綾人と話してたん」

「そうか。今日はな、色々とあるらしいぞ」

 

 宏兄は、ほっとしたように目元を和らげる。

 

「うおー! メシもっすか?」

「ああ、メシもな」

 

 和やかに話しながら、ぼく達は受付を終え、パーティ会場に足を踏み入れた。

 そこで、驚きの事件が待ち受けていると、知らないまま――

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る