第161話【SIDE:陽平】

 ホテル最上階のバンケットホールには、賑やかに談笑する声が響いていた。政治家に芸能人、一流企業の経営者など――客はそうそうたる顔ぶれだった。

 

 ――さすがは、野江ってことか……

 

 あの男の姿が浮かび、ふんと鼻を鳴らす。

 ……野江夫人が催すパーティは、一流の社交場だと言われている。

 会場を少し見ただけでも……豪華で気の利いた料理。彼方此方に洒脱に活けられた花や、涼しげで美しい氷の彫刻など、客を楽しませる趣向が凝らされていた。

 城山の後継者である俺は、当然招かれていた。べつに、来たくはなかったが……社交の為には仕方ない。

 

「夫人の誕生日の為に、わざわざホテルの高層階を貸し切ってのパーティねえ。野江家も派手だよな」

 

 晶が、ワイングラスを揺らしながら、片頬を持ち上げる。母さんが、笑いながら応じた。

 

「昔っから、自己顕示欲が強い一族なのよ。野江は誕生日に、これだけのお客を招けるんだぞーってね」

「へぇー。旧家っても、案外くだんないんだね?」

「やだあ、晶ちゃんたら」

 

 晶の毒に、母さんがくすくすと笑い声を零す。二人に、客の惚けた視線が集まるのを、俺はさりげなくガードした。――上等なオメガは、こういう社交の場ではとかく注目されるからな。

 

「なんだよ、陽平。こそこそして」

「いいだろ別に。お前こそ、昼から飲むなよな」

「なんで? みんな飲んでるじゃん」

 

 色の白い晶は、酒を飲むとますます人目を引く。もう少し、危機感を持ってくれりゃいいのに、自由なこいつが言う事を聞くはずもない。モヤモヤとしていると、母さんが浮き立った声で言う。

 

「ふふっ、陽平ちゃんたら。まるで晶ちゃんのナイトね」

「えーっ、俺守られるタマじゃないし! ママのナイトの方が良い」

「晶ちゃん! 嬉しいわっ」

「はあ……」

 

 きゃっきゃっと燥ぐ二人に、半ば脱力する。まだ、あちこち挨拶回りに行かなきゃなんねえのに、既に疲れてんだけど。

 

「つーか、晶。お前婚約者と来たんだろ。ここに居ていいのかよ」

 

 晶は、婚約者の同伴でここに来ている。――婚約者をほうっておいて、立場は大丈夫なのか? 

 そう尋ねると、晶はムッとしたようだった。

 

「いーんだよ。あの人だって、俺が必要になれば呼びに来るだろうし。基本、俺が何してようが興味ないから」

「……そうか」

 

 どこかさみしげな声音に、ばつが悪くなる。

 

「なによ、陽平ちゃん! 私達だって、晶ちゃんがいた方が楽しいんだし。意地悪言わないの!」

 

 母さんが、取りなすように声を張り上げた。

 横目でじろりと睨まれて、ぐっと詰まる。――母さんは、昔から晶にめっぽう甘い。ともすれば、息子の俺よりも気に入ってるくらいだ。

 

 ――晶が俺の嫁なれば、息子になる。……それが一番、嬉しいのかもしれねえ。

 

 俺はただ、晶を守りたいだけだった。

 だからこそ、晶の婚約に進んで傷をつけるつもりはねえし。公の場で、晶の婚約者に疑われるような真似はしたくない。――俺なりに気遣ってるつもりなのに。

 

「……ふう」

 

 苛々を堪えるように、息を吐く。

 と――ふいに騒めきと共に、目の前の人並みが割れる。その奥に見えたものに、俺は目を見開いた。

 

 ――成己……!

 

 数メートル先に、成己がいた。

 客に挨拶をして回っているのか、野江の隣に寄り添うように立っている。……緊張した様子で、ぴしりと背を伸ばしている。相手は、その初々しい様が好ましいのか、相好を崩していた。

 

「……っ」

 

 俺は知らず、固唾を飲む。

 

「ああ、成己くんじゃん。相変わらず慣れてないね。ママ、連れて歩いてたの?」

「無理よぉ。あの子、全然出来ないんだもの。私の友達になんて、恥ずかしくて会わせられなかったわ」

 

 晶と母さんが何か話していたが、俺は殆ど注意を払えていなかった。

 成己がいる――そのことに、意識の全てを奪われていた。

 

「……」

 

 淡い桜色のスーツを纏ったあいつは、はっとするほど清楚だった。俺の元に居たときは、したことがない装いだと思う。……恐らく、野江の野郎の趣味なのだろう。アルファは、自分のオメガを着飾らせるのが好きだからな。

 

 ――そうだ。だから俺も、成己にスーツを見繕ってやった。

 

 淡い色は、イメージ通りかも知れないが……あいつは色が白いから、濃い色がよく映える。華奢だから、細身のスーツにしてスタイルの良さを見せた方が良い。俺の装いに合わせて、服を贈ってやったんだ。

 

 ――『陽平……ありがとう。すごく嬉しい』

 

 奢られ慣れてないのか、金を返すと言われたのは面食らったが。「恥をかかせるな」って言ってやったら、嬉しそうにはにかんで笑っていた。

 

 ――あの野郎にも、同じように笑ったのだろうか。

 

 むら、と黒い憎悪が胸に湧きあがる。今すぐ近づいて行って、成己の纏う服をめちゃくちゃにしてやりたい衝動に駆られた。

 そのとき――視線に気づいたのか。

 成己が、こっちを振り返る。

 

「――ぁ!」

 

 俺と目が合った瞬間、成己がさっと青ざめた。大きく見開かれた目は、傷ついたように揺れている。

 俺は、そのあからさまな様子に息を飲んだ。

 

「陽平、どうしたんだよ?」

 

 晶が、訝しそうに俺の腕を引いた。

 すると、成己は「見ていられない」と言うように顔を逸らしてしまった。その固く強張った横顔に、どくんと心臓が鼓動する。

 

 ――まさか、動揺している? 成己が……

 

 成己の隣にいる野江が、あいつに心配そうに声をかけてやっていた。客にことわって、成己の背を抱いて去って行く。

 俺は、その背から目を離せないでいた――

 

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