第154話

 画面の中の主人公は、彼の親友にキスされていた。……唇を食べられちゃいそうな、激しいキス。ヒートが起きているからなのか、親友を信頼してるからなのか、主人公はちっとも拒まない。うっとりと目を閉じる彼は、親友の背をきつく抱きしめている。

 夕日の差し込む教室で、二人のシルエットは折り重なり……

 

 ――ひえええ~!

 

 画面の中の青年たちの、甘いラブシーンに頬がぶわーって燃えあがる。

 耳がくすぐったくなるような気恥ずかしさに、ぼくはおろおろと視線をさ迷わせた。

 

「……っ」

 

 しかも、このシーン結構長いっ。

 必死に平然を装うけれど……なんだか、後ろの宏兄の存在を、凄く意識してしまう。焼けそうに熱い耳が、どう見えてるのか、気になって仕方ない。

 宏兄のお膝の上で、カチンコチンに固まっていると――おなかに回った腕にきゅっと力がこもった。

 

「ひゃっ?」

 

 どきっ、と心臓が跳ねる。

 慌てて後ろを振り返れば――映画を観る宏兄の横顔は、平然そのもので。一人照れている自分が恥ずかしくなって、かああと全身が熱くなった。

 

 ――ぼくのばかっ。真剣に観ようって決めたばっかやのに……!

 

 ぶんぶんと頭を振る。

 自分を戒めて、集中しようとしたとき……「くくっ」と低い笑い声が耳元でした。

 

「……へ?」

「……っ、ふふ」

 

 もういちど振り返ると、宏兄が肩を震わせて笑ってる。一瞬、きょとんとしたぼくやったけど――切れ長の瞳に宿る悪戯っぽい光に、「あ!」と叫んだ。

 

「ひどい、宏兄っ! からかったんっ?」

「くく、悪い……必死に平気そうにしてるのに、首まで真っ赤だからさ……可愛くて」

「可愛くなーい!」

 

 ぽかぽかと胸を叩くと、宏兄は「あはは」と声を上げて笑う。ソファで暴れるせいで、クッションがぽとぽと落っこちてく。――しまいには、じゃれる子犬をいなすように、抱き留められちゃった。

 

「どうせ、お子ちゃまですよっ」

 

 むくれていると、大きな手によしよしされる。

 

「成を子どもだなんて思ってないぞ?」

「ぜったい、ウソっ……?」

 

 キッと睨もうとして、ぼくは目を丸くした。

 宏兄の優しいほほ笑みが、思ったより近くにあって。ぼくは、いつのまにか……ソファに仰向けに横たわる宏兄の上に、乗っかっていた。

 体の下に感じる宏兄のぬくもりに、ぼふっと頬が燃える。

 

「ご、ごめんなさ……!」

「おっと」

 

 しっかりと抱きしめられて、身動きできない。

 

「お前は、俺の可愛い奥さんだからな」

「ひ、宏兄……っ」

「子供じゃ、俺が困っちまう」

 

 おろおろと見上げると、宏兄は愉しそうに笑ってた。その瞳の奥に、熱い輝きをみとめ――ぼくは、胸の奥がきゅうと甘く疼いてしまう。

 

「……んっ」

 

 唇が重なったときには、もう目を閉じていた。

 しっかりと抱きしめられたまま、宏兄とキスをする。やわらかくて、温かな触れ合いに……胸の奥がどんどん甘くなってく。

 夢中でキスをしていると、映画の音がおぼろに聞こえてくる。

 

 ――ぼくったら、完全に任務を放棄しちゃって……意志が弱くて恥ずかしい。

 

 ……でも、今は目を開けたくない。

 頭と心がふわふわして、夢みたいに心地よかった。

 

「……ひろにいっ……」 

「可愛い……もっと、こっちにおいで」

 

 背中を引っ張り上げられて、ぼく達はもっと近づいた。――ぼくの顎を、宏兄の親指が軽く抑える。促されるまま開いた唇の中……いつもより深くに、宏兄が触れた。吐息が交じり合う。

 

「……んっ、ふ……」

 

 さっき、映画で聞いたより静かな、甘い水音がした。

 はじめての、言葉をさらわれるような、甘い深いキス。「だめ」も「こわい」も言えないけれど……ぎゅって抱きしめられて、背中を大きな手が撫でてくれる。そうされると、もう何も怖くなくなっちゃう。 

 

 ――宏兄……

 

 夢中でしがみついていると……いつのまにか、体勢が入れ替わっていた。深い森の匂いに包まれて、お腹の奥が甘く痺れる。


「綺麗だ……もっと見せてくれ」

「……ぁ」


 覆いかぶさって来た宏兄が、蜂蜜のような声でささやく。ふたたび、顎をそっと撫でられて……ぼくは、どきどきと胸が痛いほど鼓動してしまう。

 おずおずと唇を開いたぼくは……また、長い時間言葉を失くした。 


 

 ――結局、その映画がどんな物語やったか……ぼくは、わからへんままになりました。

 

「つ、次はちゃんと見る!」

「そうか、そうか。頑張ってな」

 

 ソファに転がったまま、意気込んでいたら、頭をよしよしされてしまった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る