第153話

 お義母さんの誕生日会まで、ぼくと宏兄は着々と日々を過ごしていた。

 当日、会場に届けるお花や、バースデーカードを選んだり――ある日は、パーティの為のスーツを誂えてもらったりした。

 

「宏兄……どうでしょうか」

 

 試着室を出ると、待ち構えていた宏兄が手を叩いた。

 

「おお! 淡い桜色がよく映えて……花みたいだ」

「も、もう。褒めすぎやってば……!」

 

 手放しの賛辞に、燃えそうな頬を押さえた。

 宏兄ったら、ひとつ着るたびにすっごい褒めてくれるんやもん。「黒は大人っぽい」「ベージュは知的」「淡いブルーはミステリアス」って。

 宏兄は兄バカやからって、いちいちキュンとする胸を諫めるんやけど。

 

「褒めすぎなもんか。すごく魅力的だよ」

「宏兄……」

 

 蕩けるような目で見つめられて、くすぐったいのが止まらへん。

 ぼくは、こほんと咳ばらいした。

 

「ぼくより、宏兄も選ぼうよ。ほら、この黒いのとか。俳優さんみたいでかっこいいよ」

「そうか? じゃあそれにしようかな」

「あっさり!?」

 

 でも、試着室から出てきた宏兄は、とてつもなくゴージャスやってん。体格の立派な宏兄は、ラフな格好でも格好良いけれど……スーツで決めると、周りが光って見えるほど素敵。

 言葉もなく圧倒されていたら、

 

「どうだ。これなら、美しいお前に相応しいか?」

 

 なんて。茶目っ気たっぷりに片目をつぶるから、笑ってしもた。宏兄ったら、冗談ばっかり言うんやから!

 

 

 

 

 はじめてのパーティやけど、あまり不安がないのは、宏兄が居てくれるからやなあって思う。 

 

「~♪」

 

 そして、またある日。

 お昼ご飯の後――ぼくは、洗い終わったどんぶりを水切りカゴに伏せて置いた。二つ並んだ萌黄と桃に、ほわりと喜びが募る。

 

 ――猫ちゃんたち、今日もありがとうね。

 

 にへにへと緩む頬に手をやっていると――背後から、ぎゅっと抱きしめられた。

 

「わあっ」

「成、お疲れさん」

 

 振り仰ぐと、宏兄がいる。書斎でお仕事をしてたはずなのに、いつのまに。

 ぼくは、唇を尖らせた。

 

「宏兄ってば。びっくりするんやからっ」

「はは。ちょこちょこ動いてて可愛いなーって思ったら、つい」

「も、もう! ふざけてないで、お仕事してくださいっ」

 

 宏兄ってば、すぐにからかうんやもん。つんと前を向くと、低い笑い声が聞こえた。

 

「悪い悪い。実は、成にお願いしたいことがあってさ」

「えっ。なあに?」

 

 珍しい宏兄のお願いに、腕の中でくるりと振り返る。

 

「一緒に映画でも観ないか?」

「映画?」

「次に、恋愛小説のアンソロジーに寄稿することになってな。百井さんから、恋愛ものの資料としてリストが送られてきたんだが……どうもこの方面は疎くて、よくわからん。お前の意見が欲しいんだ」

 

 困り顔の宏兄に頼られて、嬉しくなる。ぼくは、ぎゅっと宏兄のシャツを握った。

 

「まかせてっ。ぼく、センターでは、少女漫画も沢山読んでるから!」

 

 それから、リビングのテレビで映画鑑賞が始まったん。

 カーテンを閉めて部屋を暗くすると、ソファにクッションをたくさん並べる。やっぱり、雰囲気が大事やもんね。

 出来栄えに満足していると、宏兄がポテトと飲み物をお店から持ってきてくれた。

 

「おっ、いい巣を作ったな」

「えへ。宏兄も、いい匂い! ありがとう」

 

 ポテトと冷たい飲み物をテーブルに並べる。うきうきとソファに座ろうとすると――

 

「成、おいで」

「……あっ、えっ!?」

 

 ひょいと抱き上げられて、宏兄のお膝に乗せられてしもた。

 

 ――えっ、えっ? 宏兄……?!

 

 びっくりして、ぎゅっと目を瞑ると……おなかに優しく腕がまわった。宏兄の胸に、深く凭れさせられて……


「よし、観るぞ」

「あ」


――ぱっ、と映画のタイトルが写された。少し古い映画らしく、少し褪せた映像の中に、主役と思しき俳優さんが動き出す。

 

「これはな。第三性が、国の管理化に置かれて間もない頃に創られた映画で……」

「あ、あわわ」

 

 概要を解説する宏兄やけど、ぼくはそれどころじゃないです……!

 だって、あたたかい体に寄り添っていると、どきどきして……物語が入ってこないんやもん。

 お膝でもぞもぞするのが気になったのか、宏兄にぎゅって抱きしめられてしまう。ひええ。

 

 ――どうしようっ。なにか変……!

 

 小さいころは、宏兄のお膝で映画を観せてもらったし。宏兄は、その習慣のつもりやと思うん。

 やのに……どうしてか恥ずかしくて、体がくすぐったい。

 

「ひ、ひろに……」

 

 下ろして貰おうと、見上げたら……真剣に映画を観る横顔がある。宏兄は「ん?」とほほ笑んだ。

 

「飲むか?」

「あ、ありがとう」

 

 ぼくは、口元に差し出されたストローを、大人しくくわえる。喉を鳴らしていると、微笑ましそうな瞳で見られていて……頬が熱くなった。

 

 ――だ、だめだ。宏兄は、真剣に映画観てるんやから……ぼくも集中しなきゃ。

 

 せっかく、宏兄に頼まれたんやもの。

 ふんす、と気合を入れ直したぼくやったけど――宏兄のあたたかな胸や、お尻の下の逞しい太ももが気になって、もぞもぞと動いてしまう。

 

「……っ」

 

 ど、どうしよう……。気にせんとこうとすればするほど、くすぐったい……。

 映画に集中してる宏兄の、芳しい香りがする。――くらくらする頭を押さえて、ぼくは必死に画面に目を凝らした。

 

 ――え、ええと。この主人公は、第三性でオメガに目覚めて……! 隠して生活してるんやけど、危うくクラスメイトにばれてしまって……そしたら、幼馴染が助けてくれて……

 

「……あ!」


 ぼくは、息を呑む。 

 集中しだした矢先に、熱烈なラブシーンが繰り広げられてしまった。


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