第146話

 ともかく、家に上がってもらった綾人と、ぼく達はリビングで向かい合っていた。 

 

「――お誕生日会?!」

 

 ぼくは、びっくりして身を乗り出す。綾人は、「おう!」と明るく頷いた。

 

「今月の二十七日さ、お義母さんの誕生日なんだ。で、ホテルで誕生日会やるから、お前と宏章さんに来てほしいんだって!」

「ええっ」

 

 思わず、両手で口を覆った。そうやないと、「ひゃー」って叫んじゃいそうやったから。

 だって――月末にお義母さんのお誕生日で、ホテルで誕生日会で……そして、ご両親と顔合わせ……!? 情報過多すぎるよっ。

 キャパシティオーバーしそうになってたら、隣に腰かけた宏兄が言う。

 

「綾人君。それは、招待客にお披露目もするってことかな?」

「あ、はい。朝匡がそう言ってました」

「お……おひろめ……」

 

 けろりと返ってきた答えに、絶句する。

 ホテルでする規模の誕生会で、野江家のお客さんたちに向けて……お披露目!? それってどういう風なんやろう。何か一芸、習得していったほうがええのかな……


「あわ……」


 おろおろしていたら、宏兄に手を包まれる。

 

「成、大丈夫だ」

「えっ……」

「無理しなくてもいい。顔合わせなんて、いつでも出来るんだし。な」

 

 宏兄を見上げて、はっとした。――あたたかな、優しい眼差しが降り注いでいて……じんわりと心が落ちついてくる。

 ご家族の誕生日っていう大切な行事やのに。ぼくのことばっかり、気遣ってくれてるのが伝わって来るんやもん。

 

 ――……ぼく、宏兄の優しさに応えたい。

 

 ぼくはきりっと気合を込めて、手を握りかえす。

 

「ううん、大丈夫! ぼくも、お会いしたいからっ」

「そうか?」

「うんっ。パーティって初めてやし、楽しみです」

 

 にっこりすると、宏兄は日なたにいるように、目を細めて笑ってくれた。

 

「成己、一緒にうまいもん制覇しような!」

「わあっ。やっぱり、ごちそうが出るん?」

「おう! すげーのなんの。いっつも、うまいもん食ってるうちに、パーティ終わってるぜ」

「あはは。綾人ってば」

 

 白い歯をみせて笑う綾人に、ふき出してしまう。ぼくの気を軽くしようと、楽しいことばっかり言うんやから。

 宏兄と綾人のおかげで、はらが座ったぼくは、今後のための気合を入れる。

 

「そうと決まれば――ぼく、よかったら、お誕生会のお手伝いに行きたいな。たくさん人が来るなら、きっと準備とかいろいろあるよね? ぼく、体力はけっこう自信あるからっ」

 

 ふんすと拳を握る。宏兄は一瞬目を丸くして、相好を崩した。

 

「ありがとうな。でも、準備は母さんに任せて大丈夫だよ。家族も込みで、人をもてなすのが好きな人なんだ。成をもてなしたくて、うずうずしてると思う」

「そ、そう?」

「ああ。成が楽しんでくれれば、一番だよ」

 

 大きな手に、頭を撫でられる。「いいのかな?」と思ったけど、息子さんの宏兄のアドバイスやし。

 ここはひとつ、素直にお言葉に甘えよう。

 

「じゃあ、楽しみに待ってます!」

「うん。伝えとくよ」

 

 びしっと敬礼すると、宏兄が破顔した。

 


 

 それからね。

 宏兄はお仕事の電話がかかってきて、席を外してて。

 綾人と、お土産の冷やしおでんを頂きながら、これまでのパーティについて教えてもらったんよ。

 

「――オレ、制服で行くって言ったらさ。「俺が犯罪者みたいだからスーツ着ろ」って朝匡が」

「あはは、お兄さん真面目なんやね。やっぱり、パーティってスーツなん?」

「そうだなあ……あーでも、お義母さんはいつも着物だし、ドレスとかの人もいるしなー……ごめん、ちょっとわかんね。いっぺん、宏章さんに聞いてみ?」

「そっか……わかった! ありがとうね」

 

 男性体のオメガは、ドレスコードがはっきり決まってへんけど、TPOは大事やもんね。

 肝に銘じていると、満面の笑みを浮かべた綾人が、ずいと身を乗り出した。

 

「でさ、成己。こっから本題なんだけど、誕生日プレゼントさ――」

「あっ!」

 

 ぼくは、はっと目を見開く。

 

 ――そうや、誕生日プレゼント……!

 

 嫁として、新たに知り合うものとして……大切なミッションやないの!

 大切なことを思い出させてくれた綾人に、感謝の気持ちが溢れ出す。はっしと両手を握りしめた。

 

「ありがとう、大事なこと言うてくれて……! お義母さんに、素敵なプレゼント贈らなやんね!」

「へえっ? お義母さんもだけどさ、あの――」

「よおし! 綾人、色々教えてねっ。お義母さんの好みとか、あと、何贈るかとか……!」

「お、おう……?」

 

 じっと熱を込めて見つめると、綾人の顔がどんどん赤くなる。きっと、ぼくの熱が伝わって、心が燃えてるに違いない。

 

「そうと決まれば、作戦会議!」

 

 ぼくは、アイスコーヒーのおかわりを入れるべく、キッチンにダッシュした。

 

 

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