第139話

「ふぁ……」

 

 お家のベッドに転がって、ぼくは夢心地やった。

 

 ――夢みたいな一日やったなぁ……

 

 お家に帰ってきて、お風呂にも入ったけど。まだ、楽しかった一日の余韻に、体がじんわり痺れてる。

 綾人に送ってもらい、自分でもたくさん撮ったお写真を、スマホで何度も見返す。

 

 ――ケーキを頬張る綾人とお兄さん。うさぎやの常連さんからのスピーチに、センターの先生たちの歌とダンスの余興。お返しに、宏兄と踊った殿様サンバ……

 

「えへへ……」

 

 にへにへって、勝手に頬が笑っちゃう。――嬉しくて、胸がうずうずして、居てもたってもいられへん。

 ころころとベッドを転がってたら、カチャリと音を立ててドアが開いた。

 

「なーる。なに可愛いことしてるんだ?」

「あっ! 宏兄」

 

 宏兄が笑いながら、部屋に入ってくる。

 じたばたしてたの、見られて恥ずかしい……! 慌てて体を起こしたら、宏兄がベッドに腰を下ろした。

 

「ああ、写真を見てたのか」

「うんっ。すごく楽しかったから……ぼくね、今日が人生で一番嬉しかった!」

「そっか。俺もだよ」

「ほんま?」

 

 胸の内がくすぐったくなって、宏兄の笑顔をじっと見上げる。

 すると、長い腕が伸びてきて、ぎゅっと抱きしめられた。広い胸は、ボディソープと宏兄の香りがする。

 どきどきしながら、大きな背中にぼくはしがみつく。

 

「――」

「宏兄……?」

 

 小さく、宏兄が呟いた気がする。

 こんなに近いのに、上手く聴き取れなかった。聞き返すと、わずかに身を離した宏兄が、ほほ笑む。

 

「いや、言えてなかったと思って。……成、誕生日おめでとうな」

「あっ。ありがとう!」

 

 嬉しさに、ぽっと頬が熱る。

「お誕生日おめでとう」って、やっぱり嬉しいね。特に、今年はこんなに素敵なことがあったんやし……。

 照れながら、胸に額をくっつけていると、首筋をそっと手で包まれる。湯上りのせいか、大きい手はしっとりして熱い。

 

「んっ」

「……新しい首輪、苦しくないか?」

「あっ、うん。快適です」

 

 真新しい首輪を、そっと撫でられた。

 白くて、さらさらした質感の首輪は、凄く着け心地が良い。

 今までの首輪は、国の支給品やからお返ししたんよ。お食事会のときにね、みんなの前で宏兄からの首輪に交換したの。恥ずかしかったけど、すごくドキドキした……

  

「息とか、全然苦しくないねん。すっごく軽いし」

「良かった。軽いが、俺の牙でも壊れない。耐火・防水機能に、最新のセキュリティが入ってるから、成がどこに行ってもわかる」

「すごい……! めっちゃ安全」

「大事なことだからな」

 

 きっぱり言われて、とくんと鼓動が跳ねた。

 

 『宏章さん、成己くんをよろしくお願いします』

 

 中谷先生の声が、よみがえる。

 首輪の交換は、国から引き受人に所有が移ったことをお披露目する儀式。

 ぼくは、ずっと見守ってくれた先生たちから、名実ともに宏兄に託されたんや。

 ――これからは、宏兄がぼくの所有者。

 

「どこか、痛いとこないか?」

「うん、平気っ……」

 

 ぼくが苦しくないか、肌触りはどうか――熱心に、首輪の様子を見る宏兄。……オメガの首輪は、貞操を守れるかだけ考慮できればいいのに。

 ずっと変わらない深い優しさに、胸がきゅうと苦しくなった。

 

「ね、宏兄……」

「ん?」

 

 こっちを見た不思議な色の瞳に、うろたえちゃう。と、咄嗟に呼んだだけやから、言葉が続かないんやもん。

 おろおろしていると、宏兄がほほ笑んだ。

 

「眠いか?」

「あっ」

 

 ひょいと抱き上げられて、ベッドに横たえさせられてしまう。

 

「今朝、早かったしなー。そろそろ寝るか」

「わわ……!」

 

 あれよあれよと、顎まで布団を着せかけられて、はっとする。

 

 ――あ……大事なこと、聞いてない!!

 

 横になった宏兄の重みで、ぎしっとマットが沈みこんだとき――ぼくは、ばねのように身を起こした。

 

「ま、待って!」

「うおっ。どうした?」

「え、えと……言いたいことがあって」

「おう」

 

 マットに肩肘をついて、こっちを見る宏兄に、緊張が高まる。

 ぼくは、ベッドの上で姿勢を正すと、思い切って口にした。

 

「あのっ――初夜やけど、エッチとかしないんですか……?!」

 

 

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