第135話【SIDE:晶】

 本当に、体質ってのは厄介だと思う。

 俺は重い体を引きずって大学に来て、なんとか二限までを終えた。


――あぁ、怠……。今すぐ寝たいけど……


 今日は、成己くんに会いに行くつもりだ。講義中くらいしか、陽平の目を盗めないから、背に腹は代えられないよな。 

 前の席に座っている後輩に、歩み寄った。


「あのさ。三限、同じ講義取ってたよな?」

「え……はい」

「俺、次出られないんだ。悪いけど、出席届出しといてくれない?」


 机に手をついて、笑いかける。 

 すると、相手は少し頬を赤らめ、遠慮がちに頷いた。


「わかりました。ええと……」

「三年の蓑崎晶。学籍番号は――」


 親切な後輩に、感謝だ。

 気分良く講義室を出ると、同じゼミの奴らが廊下に屯していた。


「……いつもいつも、よくやるよな」


 その中の一人――岩瀬が、軽蔑の眼差しを向けてきた。俺はムッとして、眉を顰めた。


――用事があるから、頼んだだけだっての。お前こそ、皆出席なんてないくせに。


 オメガだからって、いちいち色眼鏡で見やがって。

 ムカつくけど、構っている時間もない。無視して、横を通り過ぎてやると――


「奥さん……春日さんに、謝れよ」

「……は?」


 投げつけられた言葉に驚いて、振り返る。――岩瀬の目は、血走っているようだった。


「お前らが、ゼミ室で何してたか……俺ら皆、知ってんだからな!」

「――!」

「岩瀬、やめろ!……まずいって」


 激昂する岩瀬を、渡辺達が取り押さえる。引きずるようにして、その場を去っていくのを、俺は呆然と見送った。


「……っ」


 衝撃で、言葉が出なくてさ。

 だって、こんな衆目の場で、プライベートのことを言うなんて。どれだけ、人を辱めれば気が済むんだろう。

 酷い屈辱に、体がわなわなと震える。


――岩瀬の野郎……俺と陽平が抱き合ってるの見て、誤解してたから……


 抑制剤が効かず、やむを得ないことだったと。その場で説明したのに、信じていなかったらしい。

 それどころか、俺を男好きみたいに言いやがった。


「……っ、あーあ……」


 乾いた笑いが漏れる。

 なんで、こんな目に合わなきゃなんないんだろう? 俺だって、望まない生理現象だって言うのにさ。


――どいつもこいつも……そればっかりかよ。


 あいつらとは、それなりに上手く付き合って来たほうだ。けれど、こういう事があると、心底失望させられる。


――なにが、「成己くんに謝れ」だ。……何も知らないくせに。


 こっちは、岩瀬が成己くんに色目使ってた事くらい、解ってんだよ。オメガの色香に狂って、ばっかみてえ。


「ちっ……」


 本当に、忌々しい。

 道を踏みしめるようにして、何とか重い体を引きずって歩いた。





 それにしても……と俺は眉根を寄せた。

 陽平が、成己くんと婚約解消したことで、風向きが悪くなってるのを感じる。


『長年付き合った婚約者を捨て、浮気した男』


 なんて、事実無根の言い掛かりをつけられているくらいだし。

 俺は歯がゆい思いで、拳を握った。


「……このままに、しておけねぇ」


 オメガとの婚約を解消したことで、陽平の立場が悪くなってるのを、ひしひし感じていた。

 でなきゃ、城山の御曹司に文句を言うなんて、できるはすがない。


――陽平の馬鹿野郎。このご時世で、迂闊すぎるんだよ……!


 内心で悪態をつくものの、身が入らない。――誰のためにしたことかくらい、解っているから。


「やっぱり……俺が、なんとかしてやるしかないか」


 唇を、きりりと噛みしめる。

 社交界の方は、陽平ママが正しい情報を流してくれるはずだ。――なら、俺にできることは、本丸を攻めることだろう。


「成己くんに、会う」


 そして……陽平の元へ戻れるよう、手助けしてあげる。

 正直、彼にされた不義理を思うと、気が進まないけれど……


――成己くん……きっと、後悔してるだろうから。


 誰だって、センター送りなんてなりたくないんだ。頭を冷やして、自らを省みる気持ちになっているはずだろう。

 どれだけ、自分が残酷なことをしようとしたのか――


『婚約者さんは、知ってはるんですか……!?』


 嫉妬に歪んだ泣き顔を、思い浮かべる。

 俺は、彼を友達だと思ってたから、包み隠さず事情を話したのに――逆手に取って脅されるなんて、衝撃だった。

 結局、アルファの前には、オメガの友情なんて朽ち果てるらしい。


――それでも……陽平のために、成己くんを助けてやらなきゃ。


 それが出来ないとは、思わない。

 だって、彼がどう勘ぐろうと、俺と陽平の間に疚しい感情はないんだ。

 成己くんだって……陽平のことが好きで。嫉妬に狂っていただけだって、信じたい。

 俺は、成己くんにも不幸になってほしいとは思わないから。


「よし。一肌脱ぎますか」


 そう、意気込んだけれど。

 向かったセンターで……俺は、あり得ない光景に遭遇することになる。 


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