第127話【SIDE:陽平】

 案の定、佐田の顔が屈辱に紅潮した。

 

「あんたが、どれだけ人の恋人に手を出したか。私達が、知らないと思ってるの!?」 

「もう行っていい? 俺、授業には出たいから」

「っ、待ちなさい……!」

 

 かっとなった佐田が、晶の背に掴みかかろうとした。――その手を、ぱしりと受け止める。

 

「佐田さん、やめてくれませんか?」

「……城山くん!」

 

 佐田が、はっと目を見開く。俺は、晶を背に庇い、彼女らを見下ろした。

 

「晶は潔白ですよ。それに――手を出したとか、誘ったとか……いい淑女が、往来で叫ぶことに思えないっすけどね」

「……!」

 

 冷静に指摘してやると、佐田の顔がさっと赤らんだ。ギャラリーの好奇の目に気づいたのか、悔し気に唇を引き結び、引き下がる。

 

「陽平……」

 

 呆然と俺を呼ぶ晶の肩を、ぱんと叩く。

 

「ばーか。お前、先に行ってんじゃねえよ」

「……うるさいな。お前が寝坊するからだろ」

「んだと」

 

 いつも通り、憎まれ口をたたく様子に、ホッとする。

 晶は、抑制剤の効かない体質のせいで誤解されやすく、さっきのような言いがかりは少なくない。

 だからといって、傷つかないわけじゃないのだ。

 

 ――俺以外は、なんでか気づいてやらねえけど……

 

 もどかしい思いを持て余し、舌打ちをする。女学生たちが、びくりと肩を跳ねさせたのを一瞥し――俺は晶の肩を押した。

 

「行こうぜ」

「あ、ああ」

 

 戸惑い気味に、歩を進める晶の肩を抱く。

 すると、背後から鋭い声が上がった。

 

「ちょっと、待ってください!」

「……芽実めいみ!?」

 

 佐田が、涙の浮かんだ目でこっちを睨んでいる。隣にいた女が、ぎょっとしている。――そのはずで、佐田の伯父は城山の下請けの社長だった。

 親戚の立場を慮って、口をつぐむと思ったのに意外だった。

 

「なんですか」

「城山くん、目を覚ましてください……! 婚約者のいる蓑崎に肩入れなさっても、得るものなんてありませんっ!」

「はぁ?」

 

 まるで、俺が晶に誑かされているかのような言い方が、癇に障る。

 

「あんたに口出しされる言われはない」

「……っ」

 

 睨み据えると、佐田が涙ながらに叫ぶ。

 

「そんなに、蓑崎が大切ですか……? 春日くんを、酷い目に遭わせるほど……!」

「――!」

 

 成己のことを引き合いに出され、目を見開く。

 佐田が泣き崩れ、女学生たちが慌てて肩を抱いている。言い返すことも、立ち去ることもできず――その場に釘付けになっていると、車輪の音が聞こえた。

 西野さんが自転車に乗って、こっちにやって来る。

 

「――芽実!? え。みんな、どうしたの?」

「友菜……!」

 

 異変に気付いた西野さんが、驚いた様子で自転車から飛び降りた。すぐに、泣いている佐田の肩を抱き、慰めはじめる。

 グループのリーダーである彼女が現れたことで、彼女らは元気を取り戻したらしい。口々に、事情を説明している。

 

「芽実ってば。あたしのために、無理しちゃって……」

「わかってるけど。とても、黙ってられなかったのよ」

「芽実……!」

 

 西野さんが佐田を抱きしめると、友人たちも泣き出した。

 

「ぅわ……」

 

 晶は、繰り広げられる感傷的なシーンに辟易した様子で、俺の腕を引く。

 

「行こうぜ、陽平。授業に遅れる」

「……ああ、そうだな」

 

 俺は疲れた気分で、頷く。……正直、この場を脱するタイミングを得て、助かった。

 踵を返そうとすると――「待って」と静かな声に引き留められる。

 西野さんだった。

 

「……」

 

 ばつの悪い思いに、口の中が苦くなる。

 近藤のことは好きじゃねえけど、西野さんには世話になっていたと思う。面倒見の良い彼女を、成己も良く慕っていた。

 

 ――でも、あんたがあいつを諫めないから、こんなことになるんだ。

 

 そう思うと、反抗心が湧いてきて……俺は西野さんを挑むように見た。すると、西野さんはただ悲し気に、俺を見かえす。

 

「城山くん。――後悔しないんだよね?」

「!」

 

 予想外の言葉に、虚をつかれる。

 

「成己くんのこと、後悔しない?」

「……っ」

「あたしが言いたいのは、それだけ――芽実、みんな。行こう」

 

 西野さんは、友人たちを促し去って行く。

 そのきっぱりとした背中を、俺はぼんやりと見送る。

 

「おい、陽平。どうしたんだよ?」

 

 晶に、焦れたように、肩を揺すられる。だけど俺は、動けない。

 

 ――成己くんのこと、後悔しない?

 

 その静かな声が、ずっと谺していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る