第128話【SIDE:陽平】

 その夜も、俺は晶と体を重ねていた。

 ベッドに這わせ、後ろから責め立てたり、ときに晶が上になったりと。互いの体への遠慮が無くなったためか、淫らになることへの躊躇いが消えている。


「陽平、もっと……」


 果てるごとに、晶はますます感じやすくなり、俺を誘う。白い体は誘蛾灯のように妖しく、寝室の暗闇でくねった。


「晶……!」


 冷房が聞いていても、うだるような熱が体に籠もる。吐き出さずにはいられない。――忌々しいほどの熱が。



――『成己くんのこと、後悔しない?』


 西野さんの声が甦り、腰を掴む手に力が籠もる。

 晶は甘く叫び、また果てる。

 行為が乱暴になったことを、咎めもしない。感じやすい体は、俺を受け止めてくれる気がした。


「晶っ、晶……!」

 

 ベッドを激しく軋ませ、俺達は長い時間縺れ合った。晶の白い腕が、俺に縋りつく。赤い唇が開き、舌が差し出された。

 誘われるままに唇を重ね、舌を絡める。――こうして、言葉が奪われているときが、何よりラクだった。


――もっと、忘れさせてくれ。


 今だけは、言葉も……この体の自由さえ奪ってくれ。

 俺は、頭が真っ白になる快楽に溺れた。






 結局、終わることが出来たのは――深夜を回ってからだった。


「……」


 俺は一人、ダイニングの椅子に座り、酒を呷る。

 晶と限界まで抱き合い……その酩酊が覚めると、酒に力を借りる。それが、最近のルーティンとなっている。

 試験も近いのに、不健康なのはわかっているが――やめられない。


 ――父さんが見たら、何て言うか。


 そんなことを考えて、激しく頭を振る。


「親父のことは、関係ない。俺は、もう一人のアルファだ」


 自分の決断に迷いなんかない。――持つものか、とビールの缶を握りしめる。すると、強く握り過ぎたのか、呑み口から酒が溢れ出た。


「……っ、くそ」


 拭くものを探そうとして、ティッシュ箱が空なことに気づく。濡れた手の感触に苛ついて、俺は怒鳴った。


「おい、成己! ティッシュ――」


 そして、ハッとする。誰もいない部屋に、響いた自分の声に驚き……心臓が跳ねた。


――俺は、一体何を。


 成己がここに居るはずはない。その分かりきった事実に、酷く動揺していた。


「……」


 原因は、昼間の西野さんの言葉か……。

 いや、それだけじゃない。俺は髪を掻きむしり、壁にかけられたカレンダーを見た。

 ここ数日、俺の思考を奪っていた原因――


『ふふ。お誕生日に結婚なんて、すごいプレゼントやねえ』


 七月八日を囲む、大きな花丸。――それを描いたやつのことを、どうしても思い出してしまう。


――成己……あと二日で、あいつの誕生日だ。


 オメガは二十歳の誕生日を迎えると、出産の義務を果たさなければならない。それは、あいつも同じだった。

 家族になることに、誰より夢を見ていたあいつが……


「……知るかよ。あいつが、撒いた種だ」


 そう、吐き捨ててやる。

 あいつが……オメガのくせに晶を理解せず、センター送りにしようとするから。

 だから、これは因果応報なんだ。


――『城山くん。後悔しない?』


「……うるせえ!」


 ダン! 


 ビールの缶を、テーブルに叩きつける。酒が辺りに飛び散り、匂いが充満する。

 荒い息が、静かな部屋に響いた。


「俺には関係ねえ。……あいつが、悪いんだ!」


 そう低く呟いたとき、ギイと音をたて、ダイニングのドアが開いた。


「陽平……?」

「あ……」


 眠っていた筈の晶が、そこに立っている。裸身にシャツを纏っただけのしどけない姿で、近づいてくる。


「どうしたんだよ、大きい声出して」

「……悪い」


 バツが悪くなり、そっぽを向くと頭を抱えられる。


「馬鹿、いいよ。散々つき合ってもらったしな」

「別に、そういうわけじゃ……」


 もごもご呟くと、晶が静かに問うてきた。


「……昼間のこと、気にしてんの?」

「!」


 思わず、顔を上げると……晶は真剣な顔をしている。


「あのさ。佐田はさ、お前のことが好きだから。あーいう風にこじつけて、責めてるだけだよ」

「え……そうだったのか?」

「おいおい、気づいてないわけ? 鈍いやつ」


 呆れ顔で言われて、憮然とした。そんなことを言われても、わかるはずがない。俺は、佐田とは殆ど付き合いがなかったのだから。


「俺は心配だな……お前、人のことにも自分のことにも鈍いから」

「……?」


 首を傾げると、晶はさみしげにほほ笑んだ。


「俺は一人で平気だよ。どうせ、あの人に捨てられても、俺に似合いの場所へ行くだけだし。お前が成己くんのこと、追っかけたいなら……」

「……黙れ!」


 俺は、それ以上言わせずに、痩身を掻き抱いた。


「あっ……」

「俺は、お前を守る! そう言っただろ?!」

「陽平……っ」


 きっぱりと言うと、晶の声が潤む。すぐに、俺の背に腕が回ってきた。

 縋る腕の強さに、晶の不安を感じる。


 ――やっぱり、無理してたんだな。馬鹿なやつ……


 自分の考えこそ、正しいんだ。晶には俺しかいないんだから……

 そう、息をつくと……そっと、晶の手が俺の太ももに触れた。


「っ、晶……?」

「陽平……慰めてやるよ」


 意図をもって探られて、また体が昂り始める。

 シャツを脱ぎ捨て、全裸になった晶が俺の膝に跨がってきた。――ゆっくりと、腰を下ろし……


「晶……!」


 やがて……俺の上に深く座り込み、晶は甘い吐息を漏らす。

 外が白むまで……淫らな声が止むことはなかった。

 

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