第三章~お披露目~

第126話【SIDE:陽平】

 ――夕日の照る道を、成己と並んで歩いていた。

 スーツの俺に対し、成己は制服を身に着けていて。ひどく強張った様子で、しきりにため息をついている。

 

「はあ……ふう……」

「……成己、さっきからうるせえよ」

 

 呆れて突っ込むと、成己はきっと睨み上げてきた。

 

「仕方ないやろっ、緊張してるんやもん」

「だから、そんな畏まらなくて平気だって。話は通してあんだから」

「そ、そうやけど……」

 

 成己は、しゅんと眉を下げる。 

 これから、俺の両親との顔合わせを兼ねて、簡単な会食をすることになっている。成己は、かなり気負っているらしく、数日前からずっとこんな調子だった。

 気持ちは解らなくもないが――あんまり緊張されていると、俺まで塞いじまう。

 

「……緊張なら、俺のほうがしたいくらいだっつの」

「陽平」


 成己が、目を丸くする。

 オメガの婚姻は、アルファが全責任を負う。その分、選択ミスは許されなかった。


 ――それに……

 

 およそ、三か月ぶりに顔を会わせる父のことを思うと、気が重くなる。

 父は昔から多忙で――成己との結婚についても、彼の秘書を通して話した。「とてもお喜びでしたよ」とは、聞いているが、実際はどうだったのか?

 

 ――あの人は、俺のやることを気に入ったためしがねえから。

 

 一度は認めていたとしても、土壇場でなにを言われるかわかったもんじゃない。でも、そんなことを成己に言うわけにもいかねえし。

 ため息を吐くと、成己がつんと袖を引いてきた。

 振り返れば、はしばみ色の目が真っすぐに見上げている。

 

「ねえ、陽平。ぼく――」

 

 

 

 

 ――ピピピ……。

 

 アラームの音が鼓膜をつんざいて、俺は眉をしかめた。

 

「……っせえな……」

 

 毒づいたところで、けたたましくなるアラームは止まらない。

 乱暴に枕元を探り、アラームを停止する。

 

「……」


 まだぼんやりした思考に、夢に見た光景を引きずっていた。


――『陽平、ぼく――』

 

 高一の頃の、今よりも幼い面影……ずい分、懐かしい夢を見たものだ。

 ――このところ、気にかかることがあるせいで、あんな夢を見たのだろうか?

 

「……あほくさ」

 

 のろのろと布団から這い出し――隣が、空っぽだと気づく。


「……晶?」

 

 昨夜も遅かったのに、先に起きてるのか。身動ぐとベッドが軋み、ふわりと残り香が鼻を掠めた。

 慌てて、ダイニングへ出て行けば、晶の姿はすでにない。

 

 ――あいつ。また、先に行きやがったな……

 

 そう悟り、チッと舌打ちする。

 昨夜も散々抱き合った体で、どんな虫を寄せ付けるかわからないってのに。

 俺は、閉まったままのカーテンを苛々と引き開けた。

 

 

 


 

 

 超特急で身支度を済ませ、向かった大学で――探し人は早速トラブルに巻き込まれていた。

 

「――いいかげんにしてよ、蓑崎!」

 

 甲高い叫び声が、構内に響く。

 髪を緩く巻いた女学生が、憤怒の表情で晶に詰め寄っていた。

 あたりの学生たちは、胡乱な様子で騒音の元を眺め、行き過ぎていく。

 

「ちゃんと、友菜に謝って。どうせ、あんたが近藤くんを誘ったんでしょう?!」

 

 ――近づいてみれば、女学生達は西野さんのグループだった。

 ずっと怒鳴っている髪を巻いた女は、たしか……西野さんの親友の、佐田と言ったか。

 西野さんは、近藤の婚約者だから――あの女学生たちは、あの野郎を失脚させた晶のことを、責めているんだろう。

 

 ――あれは、近藤が悪いだろうが。友達甲斐で、なにを見誤ってんだか。

 

 俺は苛立ちながらも、晶の元へ急ぐ。

 しかし――

 

「なんのこと?」


 晶は涼しい素振りで、首をかしげて見せた。


「なっ……!」

「悪いけど、身に覚えのないことで謝れないかな。言いがかりに一々対応してたら、キリがない家に生まれてるから」

 

 俺は、その言い様に「あの馬鹿、」と焦った。

 

 ――気に入らねえからって、わざと煽ってんじゃねえよ……!

  

 晶は、彼女らが西野さんの友人だと知っているし、言い分の見当がつかないほど鈍くない。

 一方的な物言いに憤って、挑発しているのが見え見えだ。

 

「言いがかりですって……? よくもしゃあしゃあと、言えるわね!」

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