第124話

「よしっ」

 

 スカーフをまいて、姿見の前で服装のチェックをする。ホワイトのクラシックなコットンシャツに、同色のバミューダショーツ。真新しい服に身を包んだぼくは、はたから見ても浮かれてる……かもしれへん。

 

 ――書類を、頂きに行くだけなんやけど……つい気合がはいっちゃって。

 

 めっちゃ張り切ってて、変かな。結婚、意識しすぎ?

 鏡に身を乗り出して、前髪をチョコチョコいらっていたら、ドアがとんとんとノックされる。

 

「成。そろそろ行くぞー」

「はーい」

 

 部屋を出ると、待ち構えていた宏兄が目じりを下げた。

 

「おっ。今日もまた、最高に可愛いなあ」

「えへへ……宏兄こそ、かっこいい」

 

 スーツに身を包んだ宏兄は、バッチリ決まってる。普段着でもいいはずやのに、きちんとしてくれてるのが、くすぐったかった。ひょっとして、ぼくと同じに楽しみにしてくれてるのかなって。

 宏兄はにっこりして、大きな手を差し出した。

 

「じゃあ、行こうか」

「うんっ」

 

 ぼくも笑って、手を取った。

 これからセンターへ行って、婚姻の認定書を受け取りに行くん。

 

 

 

「おはよう! 成己くん、野江さん!」

「中谷先生、おはようございますっ」

 

 センターへ着くと、中谷先生がロビーで出迎えてくれた。目尻の笑いじわが深くなって、優しい笑顔がますます優しくなってる。

 

「ちょっと先生、成己くんも野江さんになるんですからねっ。ややこしいでしょ」

「ああ、そうだった!」

 

 その後ろから、ひょいと顔を出したのは涼子先生。先生は、中谷先生にツッコミを入れて、ぼくと宏兄に悪戯っぽい笑みをむけた。

 

「今日は、ほんまにおめでとうさんやねえ!」

「涼子先生……!」

 

 ――先生たち……わざわざ、会いに来てくれたん?

 

 ぼくは、じーんと胸が熱くなる。

 嬉しそうに頬を緩めた宏兄が、ぺこりと頭を下げた。

 

「中谷先生、立花先生。今日のことを快諾して頂いて、誠にありがとうございます」

「何言ってるんだい。私達こそ、すばらしい機会をありがとう!」

「そうやで。うちらも、ちゃんとお祝いしたかったんよ」

 

 宏兄の言葉に、先生たちはほほ笑んだ。それから、ぼくを振り返る。

 

「ほな、成ちゃん。さっそく行こうか」

「えっ?」

 

 笑顔の涼子先生に、背をぐいぐい押されて戸惑う。宏兄を振り返ると、ニコニコと手を振られた。

 

「行っておいで、成」

「えっ、でも。今から、事務室へ行くんとちゃうの?」

「それは俺だけで行ってくるよ。準備があることだし、成は先生について行ってくれ」

「……じゅんび?」

 

 って、なにかしら。

 ぼんやりと鸚鵡返しにしていると、中谷先生が笑う。

 

「成己くん、君たちのお式の準備だよ」

「……お式ッ!?」

 

 胸を張る二人は、よく見れば礼服に身を包んでる。ぼくは、ぎょっと目を見開いた。

 

「ええ~!?」

 



 

 

 

 あれよあれよと、連れてこられたのは、センターの敷地内にある小さなチャペル。

 庭園の緑に囲まれた、慎ましく真っ白の建物は――ぼくにとって思い出深い場所。職員のご夫婦が結婚式を挙げに来られたり、毎週お祈りが行われたりしてね。クリスマスに、ここで賛美歌を歌ったりもしたんよ。

 

「まさか、ぼくがお式をあげるなんて~……!」

 

 ぼくは、熱る頬を両手に覆った。

 チャペルに併設された、控室――壁に掛けられた大きな鏡も、たくさん置かれた椅子も。お掃除に入ったときに、見たことがあるだけで、新婦としてここに座ることになるとは……

 

「こら、成ちゃん。もだもだせんとき、つけづらいから」

「あっ、ごめんなさい」

 

 涼子先生にたしなめられて、ピタリと動きを止めた。先生は微笑ましそうに目を細め、ぼくの髪にリーフの飾りを編み込んでくれる。着てきた服はそのままで――花嫁らしくなるように、髪をセットしてくれてるん。

 

「ふふ、そんな緊張せんでも。身内だけの、気楽なお式やで。急やったもんで、ヴェールとブーケしか用意できなくてごめんね」

「そ、そんなことないもん。ほんまに嬉しくて、ぼく……!」

 

 先生たちのもとで、結婚式出来るなんて、夢みたい。

 ぼくと先生たちは、どれだけ仲良しでも……公には、「センターの職員」と「入所者」としての続柄になる。公私の混同を避けるため――婚家の主催する結婚式や、披露宴には出席してもらえない決まりやから。

 

 ――こんな風に……ほんとの家族みたいに、送り出して貰えるなんて。……泣いちゃいそう。

 

「ほんまに、ありがとう」

 

 鼻の奥がツンとなって、涙ぐんでいると……目を赤くした涼子先生がほほ笑む。

 

「成ちゃん。宏章くんがな、言うて来てくれたんよ。シンプルでもいいから、ここでお式ができひんか。成ちゃんの家族として、出席してほしいからって」

「え……!」

 

 息を飲む。宏兄が……ぼくのために……?

 

「新郎の宏章くんの願いなら、叶えられたわ。……こんな幸せを貰えて、うちらがお礼を言いたいんよ」

「あ……っ!」

 

 素知らぬ顔で、ほほ笑んでいた宏兄が浮かんで、胸がきゅうっとなる。

 

 ――宏兄……!

 

 あつい感謝が胸をつきあげて、ひっくと喉が震える。

 瞬きをした拍子に、ぽろりと涙が零れ落ちた。涼子先生が笑って、ハンカチでおさえてくれる。

 

「ほらあ、泣きやんで。お式の前やのに、目が赤くなってまうよ」

「……はい、涼子先生」

 

 いつも通り、優しい涼子先生の言いつけを聞く。先生は、くすっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「成ちゃん。宏章くんなら、大丈夫。いっぱい幸せになるんやで」

「涼子先生……ありがとう……!」 

 

 ぼくも、心から笑い返した。

 

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