第123話

 それから――和やかに、日々は過ぎて行ったんよ。

 たとえば、お兄さんから、お祝いにって素敵なお料理鍋が届いたん。

 

「わぁ、素敵……!」

 

 箱を開けてびっくり、淡いピンク色で新婚さんらしいデザインなん。実はちょっと憧れてた品物に感激してたら、宏兄は「兄貴、頑張ったなあ」って嬉しそうやった。

 

「『二人で仲良く料理してくれ』か。さっそく、今晩使おうか」

 

 添えられていたメッセージカードを読み上げて、宏兄が弾む声で言う。

 

「うん!」

 

 ぼくも、にっこりした。

 憧れのお鍋もやけど、なにより……二人でいることを認めて貰えてる気がして、すごく嬉しかったんよ。

 

 綾人とは、毎日メッセージのやりとりしてるよ。

 

「成己ー! 聞いてくれよ、朝匡の奴が……!」

「うんうん。どうしたん?」

 

 お兄さんのグチ(と言う名のノロケ)を聞いたり、ぼくも宏兄との話を聞いてもらってるん。お互いに趣味とかも違うんやけど、なんでか話題が尽きなくて。

 

「それでな――うわっ!?」

「おい。いつまで家主を放っとくつもりだ」

「あっ、コラ! 返せオレのスマホー!」

 

 楽しくて話しこんじゃうと、お兄さんが乱入してくるのもしばしばやったりして。

 ごちそうさまですね。

 

 宏兄は――毎日忙しそう。

 小説の執筆は勿論、打ち合わせもたくさんあって、よく出かけてはる。

 でも……いつも一緒にごはんを食べて、眠ってくれる。やから、寂しくないんよ。

 

「あんまり一緒にいれなくて、ごめんな」

「ううん。宏兄こそ、無理しないでね」

 

 ぎゅって、あったかい腕に包まれて。少し上にある、宏兄の寝顔を見ていると、胸がきゅーってするくらい、幸せやった。

 ぼくも、少しでも力になりたくて、お手伝いも再開させてもらったよ。

「あんまり無理するな」って、宏兄は心配してくれるけど。宏兄の小説、すっごい面白いから、たくさん読めて幸せ!

 って、ぼくが楽しんでばっかりじゃあかんのやけどね。

 




 

 

 窓からさんさんと差し込む陽光に、お昼どきの台所はちょっとした蒸し風呂やった。

 

「わあ、あつーい」

 

 もう、すっかり夏やねえ。

 汗を拭いながら、せっせとフライパンを振り回す。ふっかりと焼き上がったお米から、香ばしい匂いが漂った。

 

「~♪」

 

 用意した二枚のお皿の一つは山盛りに、もう一つは中盛りくらいにして盛り付けた。……最近、宏兄の最初に食べる量が、ちょっとわかってきた感じ。少しくすぐったくて、頬が緩んだ。

 

「でーきたっ」

 

 窓を閉めて、エアコンをつけて準備万端にすると、宏兄を呼びに二階へ上がった。

 

「宏兄ー、お昼ごはんやでー」

 

 書斎をノックすると、宏兄がひょいと顔を出す。眼鏡を外し、シャツの胸にかけると大きな笑みを浮かべた。

 

「サンキュ、成。いいにおいだな」

「えへへ。今日は、レタスチャーハンです。しかも、なんちゃってエスニック風」

「はは。また、面白そうなの作って」

 

 えへんと胸を張ると、宏兄がくしゃくしゃと髪を撫でてくれる。くすぐったい。ぼくはくすくす笑って、大きな手を引いて居間へと導いた。 

 

「美味い……?!」

「やったー! 暑いから、ピリ辛にしてみてん」

「いや、すごく美味いよ。天才なんじゃないか?」

「えへへ」

 

 料理の成功に、ガッツポーズする。

 大きな口で、ぱくぱくチャーハンを頬張っている宏兄を、幸せな気持ちで見守った。あっという間に平らげてしまい、お皿が空っぽになる。

 

「ごちそう様」

「おそまつ様です」

 

 大きな手を合わせる宏兄に、笑みがこぼれる。空のグラスに冷たい麦茶を注ぐと、カランと氷が涼しい音を立てる。

 ぼくは、まだゆっくり食べながら、宏兄の眼差しに頬をくすぐられていた。

 

「はあ、落ちつくなあ……」

 

 しみじみとした宏兄の呟きに、ぽっと心の中に火が点る。

 和やかな日々を過ごしていて――宏兄も、そう思ってくれているなら、とても嬉しい。

 

 ――明日からも、ずっと……こういう日が続くように。

 

 ぼくは、そっとダイニングの壁に掛けてあるカレンダーに視線をやった。

 今日の日付の隣に、赤い丸をつけてある。

 

 『七月八日』。

 

 明日……ついに、ぼくと宏兄は結婚する。

 

 

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