第122話

 車に乗りこんで、家路につく。

 いつもの助手席におさまって、隣を見ると、ハンドルを操る宏兄がいて――胸が、じんわりと熱くなった。日常の中に自分がぱちりと嵌ったみたいに、安心する。

 

 ――うれしい。

 

 ぎゅっと胸元を握り、夕焼けの車窓に目をやった。――ここに来たときとは、逆方向に景色が流れてく。

 ふと、頭の中に閃いたことがあって、宏兄を振り返る。

 

「ねえ、宏兄」

「ん?」 

「どうして、ぼく達があそこにいるってわかったん? どこに居るか、知らせてへんかったのに……」

 

 宏兄たちが来てくれて、嬉しくて。深く考えてなかったけど、けっこう不思議やんね。すると、宏兄は「ああ」と眉を開いた。

 

「GPSだよ」

「じーぴーえす?!」

 

 事も無げに言われて、ぎょっとする。

 宏兄は、ハンドルから片手を離し、自分の首をトントンと叩いた。

  

「成の首輪。追跡用のGPSが入ってるんだよ」

「えっ」

 

 ぼくは驚いて、項に手をやった。

 

「オメガは狙われることが多いから、安全と防犯のためにな。お前の所在は、センターの先生たちが二十四時間体制で把握しているんだぞ」

「えーっ」

 

 宏兄は、丁寧に教えてくれた。

 買い手がついて国の所有から外れたオメガや、国に上納金を納めている良家のオメガ以外は、この首輪をつけていて。国の保護が行き渡るように、配慮されてるらしいねん。  

 

「そんな機能があったなんて。ぼく、ぜんぜん知らんかった……」

「政府と、一部のアルファの中でだけ、共有されてることだからな。知らなくても無理はない」

 

 宏兄は、励ますように笑う。

 

「で。綾人君に報せを貰ってから――俺はセンターへ向かい、お前の所在を教えてもらったんだ。本来は、頼んでも教えて貰えないが、俺はお前の婚約者だからな」

 

 宏兄は胸ポケットから、小さくたたまれた紙を取り出す。――広げて見れば、あの施設の周辺を含む地図。施設の内部に、小さく星があった。

 

「ひょっとして、この星がぼく?」

「そうそう。場所は解ったんだが――施設が広くてな。兄貴と二人がかりで見つけたときには、大ピンチで驚いたよ」

「あ……ご、ごめんなさい」

 

 急にいなくなって、危ない目に遭って。――どれだけ、心配をかけたことやろうか。

 しゅんと肩を落とすと、宏兄は苦笑する。

 

「謝らないでくれ。お前が無事ならいいんだ」

「宏兄……」

 

 包むように見つめられ、とくんと心臓が跳ねる。

 宏兄に助け出されたとき――守るように抱きしめてくれた、腕のあたたかさが甦ってきて、頬が熱くなる。

 

 ――わあ、なんか恥ずかしい……!

 

 そっとスカーフの中に指を滑らせて、首輪に触れる。――お馴染みの硬く冷たい感触に、少し落ち着きを取り戻した。

 

「……」

 

 じっと首を押さえていると――宏兄が、車を停めた。赤信号みたい。

 宏兄が、大きな手で頭を撫でてくれた。

 

「首輪のこと、驚いたか?」

 

 首輪を撫でていたから、心配させたみたい。ぼくは、慌てて頭を振った。

 

「んと……大丈夫。びっくりしたけど、見守られてるんやなあって」

 

 にっこりすると、宏兄もほほ笑んだ。

 

「そうか。俺は、お前の首輪を外したい」

「えっ!?」

 

 いま、そういう流れやった!?

 ぎょっとしていると、宏兄は真剣な調子で言葉を継ぐ。

 

「センターに頼らず、守りたいんだ。成のアルファとして……お前のことを、一番に見ていたいから」

 

 痛いほど真摯な響きに、ぼくは息を飲む。

 宏兄は、大きな手を伸べて、ぼくの首にそっと触れた。

 

「ここに、」

「んっ……」

 

 首輪の上を熱い指先が撫でて行き、肩が震えた。

 

「俺の首輪を、贈ってもいいか?」

「宏兄……」

 

 情熱的な言葉に、燃えそうに頬が熱った。

 絶対に放さない――そう言われたことを思いだし、痛いほどの喜びが胸をつきあげる。

 

「宏兄。そんなん、プロポーズみたい……」

 

 必死にふざけて言うと、宏兄は喉の奥で笑った。

 

「それはもう伝えたぞ」

「!」

 

 喜びのように、涙がとめどなく頬を流れ落ちる。

 優しい目に見守られ……ぼくは、夢見心地に頷いた――

 

 

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