第121話

「済まなかったな……色々」

「いいさ。俺も助けられたし、気にするな」

 

 ばつの悪そうなお兄さんの肩を、宏兄が笑って叩いた。

 

「恩に着る。――成己さん」

「はいっ」

 

 お兄さんの目がこっちへ向いて、ぴんと背筋が伸びた。

 

「今回のことは、誠に申し訳なかった」

「いえ、そんな……! ぼくこそ、生意気なことを言ってしまいまして」

 

 恐縮するぼくに、お兄さんは少し目元を和らげる。

 

「いや――懐かしかったよ。本当に、「相変わらず」だったんだな、君は」

「えっ」

 

 なんだか、しみじみとした口ぶりに、目をぱちりと瞬いた。

 どういう事やろう? ――きょとんとしていると、宏兄が呆れ声で言う。

 

「なんだ、兄貴。やっと思い出したのか?」

「ああ。お前が、本当にしつこい男だってことをな」

「何だそりゃ」

 

 お兄さんは、ふんと鼻を鳴らすと、「綾人」と大きな声で呼ばう。

 

「帰るぞ」

「あ……わかった。宏章さん、成己。本当にありがとう!」

 

 綾人は、ぺこりと頭を下げ――先を行くお兄さんの後を追いかける。

 

「兄貴をよろしくな、綾人君」

「またね、綾人!」

 

 ぶんぶんと手を振っていると――綾人は、ふと足を止めた。くるりと踵を返し、ぱたぱたと駆け戻って来る。

 

「綾人?」

「成己っ! 今日、色々あったけど……オレ、楽しかった」

「うん、ぼくも。ありがとうね」

「……それで。あ、あのさ……」

 

 綾人は、少し言いよどむ。ぼくは、中空でさ迷う手を取って、にっこり笑った。

 

「また遊ぼうね、綾人!」

「……うん! あとで、連絡するからな」

 

 ぼく達はかたく握手すると、笑って別れた。

 

「遅い!」

「うるせーな! 別れくらい惜しませろよっ!」

 

 お兄さんに、綾人が元気よく言い返す。

 付かず離れずで、寄り添って歩くお兄さんと綾人の影が、遠ざかっていった――

 

 


 

 

「宏兄、綾人たち大丈夫かな……」

 

 宏兄の車を目指し、広い駐車場を歩きながら――ぼくは、尋ねた。

 並んで帰って行った、二人を思い浮かべる。お兄さん、もう怒ってなさそうではあったけど……

 

「大丈夫だろ。兄貴は色々アレだが……綾人君のことは本当に大切なんだ」

 

 宏兄が、穏やかに応える。ぼくは、繋いだ大きな手を引いた。

 

「ほんとっ?」

「ああ。機械しか興味がなかった堅物が、どうしても番にするって連れてきたんだ。「ほかの男に渡したくない」って、彼を強引にマンションに住まわせてさ」

「す、すごい情熱的……!」

 

 目を丸くしていると、宏兄は笑う。

 

「だろ? それだけ好きで、何故あーいう態度なのか。我が兄ながら、理解に苦しむが」

「あはは……そうやったんや」

 

 ぼくは一緒に笑いながら、深く安堵する。

 綾人のことを、きちんと愛してる人で良かった。

 

 ――綾人も、きっと……お兄さんのこと、大好きなんやと思うから。

 

 そのことはね、オメガの勘と言うか……今日の綾人の様子から、ほぼ確信してるん。

 激昂するお兄さんに、傷ついていた綾人。二人の間には、ぼくの想像できない複雑な事情があるのかもやけど。

 友達の恋が、報われるものなら――とても嬉しいって思う。

 

「綾人君と、仲良くなったみたいだな」

「うんっ」

 

 笑ってこくりと頷くと、宏兄もほほ笑んだ。

 

「良かったな、成」

「宏兄……」

 

 あたたかく心を包みこむような――優しい眼差しに見つめられている。

 ぼくは、とくんと胸が鼓動したのを感じた。

  

「あのね、宏兄」

「うん?」

「……助けに来てくれて、本当にありがとう」

 

 宏兄が、はっと息を飲んで、足を止めた。ぼくは――ぎゅっと大きな手を握りしめる。

 

「ぼくね……車に連れ込まれたとき。どうなっちゃうんやろうって、怖かった。もしかしたら、もう帰れへんかもって」

「成……」

「でも、宏兄が来てくれて……」


 今、こうして一緒にいられることが、嬉しい。 

 胸が詰まって、宏兄をただ見上げた。――夕日に照らされて、金色に光る宏兄の輪郭。

 まぶしくて、瞼がじんって痛くなる。

 

「大丈夫だ」

「あっ」

 

 宏兄に、ぎゅうっと抱きしめられた。

 熱いほどの体温と、森の香りに包まれて――おなかの奥が、ほわほわと安堵に満ちていく。

 

「お前がどこに行っても、俺が迎えに行くよ」

「……ほんと?」

「ああ」


 逃げられないほどの力強さで抱かれて、吐息が弾んだ。ちょっと苦しい……でも、宏兄の腕の中、すごく安心する。 

 ――ぎゅ、と大きな背中に抱きついた。

 

「俺は、絶対にお前を離さない」

 

 

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