第120話
集まって来た警備員に、お兄さんが事情を説明する内に、男たちはどこかへ連れられていった。
全員気絶していたので、担架にぐるぐる巻きにされて、引きずられてってん。その無残な有様を、警備員さんに同情しながら見送ってたら――宏兄に、そっと肩を抱き寄せられた。
「成……」
見上げた宏兄の顔は、とても心配そうで。ぼくは、肩に添えられた手を、ぎゅっと握りしめる。
「宏兄。……あの人ら、どうなるん?」
「心配はいらない。警察で、然るべき罰を受けるさ」
「ホントっすか? なんか、うやむやにされちまったり……」
ぼくの隣で、綾人が不安そうに声を上げる。
「有り得ない」
と、宏兄が答えるより早く――戻って来たお兄さんが、言った。
「この時世、オメガに危害を加えて無事では済まん。まして――俺たち、野江家のオメガに手を出してはな」
「朝匡……」
「馬鹿な奴らだ」
お兄さんは怒り心頭の様子で、大股に歩み寄ってくる。
「兄貴、お疲れさん」
「悪かったな、宏章。成己さんを危険な目に遭わせてしまった」
「いえっ、ぼくは大丈夫です……!」
出し抜けに頭を下げられて、ぼくは慌てた。
だって、あの男たちが悪いのであって、お兄さんに謝ってもらう理由がないもん。
「助けていただいて、ありがとうございました」
せやけど――綾人は、青ざめて頭を振った。
「違う。オレがあいつらに喧嘩売ったから。お前を危険な目に……!」
「綾人君? どういうことだ」
「実は――」
止める間もなく、綾人が事の顛末を話してしまう。
「オレのせいなんだ。本当にごめんなさい!」
綾人は、がばりと頭を下げる。――肩が、小刻みに震えていた。
――自分だって怖い思いしたのに、どうしてそんな風に言うの。
ぼくは、泣きそうな気持で、綾人の手を握った。
「そんなこと言わんといて。綾人が悪いわけないやんか!」
「成己……」
顔を上げた綾人は、苦し気に眉を寄せている。納得できないでいるのがわかって、苦しい。
すると――黙っていたお兄さんが、動いた。
「綾人」
ぱしんと乾いた音が響く。お兄さんは、いきなり綾人の頬を平手で打った。
予想外のことに、ぼくは言葉を失う。
ふらついたぼくの背を支え、宏兄が非難した。
「おい、兄貴。暴力は止せ」
「口を挟むな、宏章。ためにならん」
お兄さんは怒りに燃える目で、綾人を睨んでいる。
「朝匡……」
綾人は頬を押さえて、呆然と呟く。
お兄さんは、綾人の顎を掬うように掴み、怒り滾った目を見せるように仰向かせた。色々な感情を押し殺したような、低い声が発される。
「……柄の悪い男に、わざわざ喧嘩を売っただと。自分がオメガだという自覚を持てと、何度言ったらわかるんだ? いつまで普通の男気取りでいる」
「……それはッ!」
顔を紅潮させた綾人が、自分を拘束する腕に掴みかかった。
けれど、その反抗を封じるように、お兄さんが怒鳴る。
「お前の浅慮で、傷つくのはお前だけじゃない! 成己さんに何かあったら、どう責任を取るつもりだったんだ」
「あ……っ」
綾人は、はっと目を見開いた。お兄さんの腕を掴む手が、力なく落ちる。
お兄さんは手を開き、綾人を解放した。
「わかったら、二度と余計な真似をするな。オメガらしく家で大人しくしてろ」
「…………ごめんなさい」
悄然と俯く綾人は、とても悲し気で――ぼくはもう、黙っていられなかった。
「待ってください!!」
「!」
「成!?」
二人の間に身を滑り込ませて、お兄さんに立ちはだかる。
僅かに見開かれた切れ長の目を、まっすぐに見上げた。
「綾人は、ぼくの為に怒ってくれたんです! やから、酷いことを言わないで下さい……!」
お兄さんは、虚をつかれたように目を瞬き――それから、嘆息した。
「成己さん。あなたの気持ちは解らなくはないが――庇い立てするのは、綾人の為にならない。今回のように、助けが来ないこともある」
「……わかってます。ぼくもオメガですから。自己防衛が、何より大事やって」
オメガの体は、オメガだけのものじゃない――センターで教わる心構えやった。
沢山の人の支えがあって、オメガは安全に暮らしていられる。預かったもののように、ぼく達自身が大切に扱わなくちゃいけないって。
「わかっているなら、」
「やから、ぼくを殴ってください。わかってても、ぼく、綾人が庇ってくれて嬉しかったです……!」
「!」
ぼくは、深く頭を下げる。
オメガとして、止めないといけないってわかってた。それでもぼくは、綾人が怒ってくれて、救われたから。
やから――綾人が悪いなら、ぼくだって同罪のはず。
「綾人は優しい、いい子です。危ないことは、これから一緒に考えて、二度とないように気をつけます。やから、どうかっ……!」
「……成己」
ぼくの背中で、綾人の声が滲んでいた。
――自衛は絶対に大切や。でも……この子の純粋さも、傷つけられて欲しくない。
少しの間、痛いほどの沈黙があって――動いたのは、宏兄やった。
ぼくを庇うように立ち、お兄さんの肩をぽんと叩く。
「兄貴。もう、負けでいいじゃないか」
「……宏章」
「ただ、死ぬほど心配ってだけなんだろ?」
「ぐ……」
お兄さんが、苦虫を噛み潰したような顔で、呻いた。
くるりと振り返った宏兄は、ぼくと綾人の肩を抱く。
「宏兄……」
「無事で良かった――本当は、それだけなんだよ。このおっさんは、不器用だから……」
「おっさんじゃねえ!」
お兄さんが、怒鳴った。でも――その声には、さっきまでの険は無い。
「どけ、宏章!」
「はいはい」
宏兄が肩を竦めて、ぼくを腕に抱いたまま、お兄さんの為の道を開ける。
いいのかな? おろおろしていると、宏兄が「大丈夫だ」と囁いた。
「――綾人」
「朝匡……」
綾人は、迷子のように瞳を揺らしている。
すると……お兄さんは腕を伸ばし、ぐいと綾人を引き寄せた。
「うぐっ!」
力いっぱい抱きしめられたのか、綾人が苦し気に呻く。
「何すんだよっ、二人がいるのに……!」
「黙れ、馬鹿野郎」
お兄さんは舌打ちした。
「なっ……」
「大人しくしてろ」
初めて呼吸したように息を吐くお兄さんに、綾人が動きを止める。やがて――そろそろと、広い背に回った二本の腕に、抱擁が深くなる気配があった。
「……よかった……」
和やかな雰囲気にほっと息を吐く。宏兄も、ほほ笑んでいた。
「かっこよかったぞ、奥さん」
「……えへ」
大きな手に頭を撫でられて、ぼくははにかんだ。
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