第118話

 小腹が空いたってことで、近くのワゴンで軽食を買った。

 ぼく、センター認証のお店じゃないから、遠慮したん。それって、結構感じ悪いんやけど……綾人はさらりと納得してくれ、ぼくにも食べられる飴ちゃんもくれた。

 ベンチに並んで座って、談笑する。

 

「美味しいねぇ」

 

 口の中で、からころとミルク味の飴をころがした。綾人はホットドッグにマスタードをたっぷりかけて、笑う。

 

「だろー。佐藤さんがくれたんだ」

 

 佐藤さんっていうんは、お兄さんお抱えの運転手さんなんやって。綾人が言うには、いつも優しいけど、怒るとめっちゃ怖いみたい。

 

「まあ、今日も撒いて来たんだけどな!」

「あはは……」

 

 ほんまに、自由なんやから。

 憎めない笑顔を浮かべる綾人に、ぼくはふと訊いてみる。

 

「ねえ。綾人は、お兄さんとはどれくらいなん?」

「ん? いつから付き合ってるかってことか」

「うん」

 

 綾人は中空を見上げて、項に手を当てた。

 

「出会ったのが高三だから、もう二年くらいかな。なんか、急に発情が来てさー。変な奴らにおっかけられて」

「えっ!」

「あ。通りすがりの朝匡が助けてくれたんだ。だから、大丈夫だぞ」

「そ、そっか……!」

 

 ホッと胸をなでおろす。

 

「そっちは無事だったけど、あいつが……」

 

 綾人は、ふいに頬を赤らめて、麦色の髪をわしわしとかき回した。

 

「綾人?」

「いや――そんでまあ、色々あって番になっちゃったんだよな! 平凡に生きてきたオレが、野江家に入ることになるとは。人生わからんわー」

「あら。えらい省きましたね」

「は、話すと長くて。良かったら、また聞いてくれ……」

 

 頭を抱えて俯いたまま、綾人が呻く。髪の隙間から見える、日焼けの肌が真っ赤に染まってた。しおらしい様子が、子犬みたいに幼気できゅんとしちゃう。

 

 ――わあ、可愛い……! ぎゅってしたら怒るかなぁ。

 

 うずうずする手を誤魔化して、ぽんと背中を叩いた。

 

「また聞かせてね。ふふ」

「お、おう。なにその笑顔」

 

 訝しそうにしてた綾人やけど、ケチャップだらけの口を紙ナフキンで拭いてあげたら、ニコニコしてる。本当に素直やね。

 

「なあ、成己のほうはさ。いつ、宏章さんと出会ったん?」

「んとね。ぼくが五歳のとき、センターに遊びに来てくれてん。それから、ずっと仲良しで」

「へぇ! あ……じゃあ、それで「宏兄」?」

「うん。だいじなお兄ちゃんやから」

 

 ぼくが頷くと、綾人は目を輝かせた。うんうん、と何度も頷いている。

 

「そういうことか……成己と宏章さん、ラブラブだなー!」

 

 その言葉に、どきりとする。

 宏兄のことはすごく大切やけど……ラブラブって言うと、どうなんやろう? ぼくと宏兄との間に、恋愛はないから。

 大らかな、優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。


 

――『成、いい子にしてたか?』

 

 学校が引けると、センターに遊びに来てくれた宏兄。健全な男子学生である彼は、大層忙しかったはずやのに――嫌な顔一つしないで、傍にいてくれた。

 ぼくが寂しがってるの気づいてて、そうしてくれていたんやと思う。

 

 ――宏兄は、ずっと優しかった。それは、今だって……

 

 ぎゅ、と膝の上の両手を結んだ。

 

「成己?」

 

 綾人が不思議そうに、ぼくを呼ぶ。

 

「オレ、なんか変なこと言った?」

「あ、ううん!」

 

 不安そうな目に、慌てて頭を振る。

 

「違うくて、ぼく……」

 

 なんでもないよって言おうとしたのに……綾人の目を見てたら、何故か、正直に言ってしまっていた。

 

「……実は。ぼくと宏兄、恋人と違うん」

「えっ」 

「ぼく、もうすぐ誕生日でねっ。それで、困ってたら……宏兄がお家においでって言うてくれたん」

「!」

「宏兄、めっちゃ優しいから。きっと、ぼくのことを弟やと思ってくれて……」

 

 綾人は、すごく驚いていた。

 ぼくは、えへへと笑った。急にこんなん言われても困ると思うのに……話せてスッキリしてる。


 ――たぶん、綾人には本当のこと、知って欲しかったから……


 ずるいなあって、自嘲する。

 

「ごめん、こんなこと言うて……」

「成己、違うと思うぞ」

「えっ」

 

 がし、と肩を掴まれて狼狽える。綾人は、とても真剣な顔をしていた。

 

「宏章さんは、成己のことをちゃんと――」

 

 綾人が、その言葉を言い終わる前に、キュ、と床を踏みしめる音が大きく響く。

 

「……あっ!」

 

 振り返ったぼくは、青褪める。


「見つけたぞ、てめぇら」


 ――さっきの男たちが、ぼく達を取り囲んでいた。

 

 

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