第117話

 揃って体格の良い、刈り上げた髪の男と鼻にピアスの男。路地裏で出くわしたら、迷わずUターンを選ぶタイプの人達や……!

 

「何か用すか?」

「見たとこ、二人みたいだし。一緒に遊ばん?」

「いえっ、二人がいいので。 綾人、行こう」

 

 ぼくは、早口にお断りする。綾人の手を掴んで、その場を去ろうとしたら、ぐるりと回り込まれてしまった。

 

「わっ」

「超驚いてる。かわいー」

「……!」

 

 伸びてきた手に、くしゃくしゃに頭を撫でられてしまう。初対面にありえへん距離感に絶句してると、綾人が男の手を振り払った。

 

「触んなよ」

「おおっ、かっこいいねー」

「頑張っちゃって」

 

 男たちが、どっと笑う。ひたすら不快な笑い声に、気持ちが逆撫でされる。綾人も、不快そうに目を眇めた。

 

「何だこいつら。きめぇな」

「あ、綾人。落ち着いて」

 

 綾人の手を握って、宥める。

 ことを荒立てたら不味いと思う。だって……気のせいじゃなく、男たちは綾人にすり寄るような、気味の悪い目をしてるもん。

 

 ――綾人が狙われてる。ぼくが、ちゃんと守らなきゃ……!

 

 相手は体格が良いし、力にものを言わされたら、敵わない。隙を見て、周囲の賑わいに逃げ込めば――そう思ったとき、刈り上げの男が強引に綾人の肩を抱いた。

 

「あぁ?! んだコラ!」 

「な。いいから行こうぜ」

「やめて下さいっ……!」

 

 ぼくは、男をどんと突き飛ばした。 

 

「すみませんけど。ぼくら、婚約者がいますから、困りますっ!」

 

 ぼくの宣言がフロアに響き、周囲の人が振り返っていく。男たちは虚をつかれたように、顔を見合わせていた。

 

「行こう、綾人!」

「あ、ああ。成己――」

 

 ぼくは鼻息荒く、綾人の手を握って歩き出した。――すると、男の嘲笑が背に投げつけられる。

 

「なんだありゃ。冷めるわ」

「婚約者がいますぅ~! だってよ」

「処女丸出しかよ」

「……っ!」

 

 ひどい言い草に、かあっと頬に血が上る。

 

 ――なんで、そんなん言われなあかんの……!

 

 どうせ、ガキくさいし、どんくさいもん。

 足を前へ動かしながら、くやしくて唇を噛み締めると――ぎゅって、手を握りかえされる。

 

「成己、だいじょーぶ」

「綾人」

 

 泣きそうになって見上げると、綾人は不敵にニッと笑っている。

 と、思ったら――突然、手に持っていたペットボトルを振りかぶった。

 

「おりゃー!」

 

 鋭い掛け声とともに、オーバースロー。猛然とスッ飛んでくペットボトルが、スコーンとピアスの男の頭に命中する。

 

「がふっ!」

「えーっ!?」

「もう一発!」

 

 ぼくのペットボトルを奪い、もう一投。――今度は、刈り上げ頭から、スコーンと鮮やかな音が響く。ギャラリーの誰かが、「ぷっ」と噴き出した。

 

「よっしゃ!」

 

 ガッツポーズをする綾人に、ぼくはぎょっとする。もちろん、男たちが黙ってるはずもなく。

 

「――何しやがる、てめぇ!?」

「うわっ、やべー。逃げよう!」

「あわわ……!」

 

 怒りの形相で走ってくる男たちに、綾人は笑いながらぼくの手を引いた。

 凄まじく、足が速い。縺れそうな足を叱咤し、必死に走った。

 ――やがて、人気のない通路に出る。

 

「はは。撒けたなあ」

「あ、綾人っ! 何て、危ないことするの……!?」

 

 晴れやかに笑う綾人は、息一つ乱していない。ぼくは、息も絶え絶えに抗議する。

 

「ムカついたから。いやー、傑作だったよな、奴らの顔!」

「も、もう……!」

 

 あんまり楽しそうに笑うもので、怒る気力が失せる。

 がくりと座り込むと、熱い固い手が、背を擦ってくれる。

 

「大丈夫?」

「……大丈夫ですっ」

「なんで敬語なん」

 

 心配そうに顔を覗き込まれて、ハッとする。

 綾人は危なっかしいけど……でも、すごく純粋で、優しいって思う。


――庇ってくれて、ありがとう。


 ぼくは、綾人の肩にそっと身を寄せる。

 

「綾人、あのね。怒ってくれて、嬉しかったよ」

「がはは。そんなんトーゼンだよ!」

 

 得意そうな笑顔が、本当にきらきらしてて、ぼくもにっこりした。

 

「えへ。じゃあ、ぼくも綾人のこと守るねっ」

「成己……頼もしいぜ!」

 

 綾人が感動も露わに、ぼくの肩をガシッと抱きしめる。

 ぼくらは、人気のない通路にしゃがみこんで――くすくす笑い合った。

 

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