第115話
「あのっ、綾人さん。戻ってください! ぼく、宏兄に言わなきゃ……」
車窓を行き過ぎる景色に恐々として、綾人さんを振り返る。彼は、メッと人差し指を立てた。
「ダメダメ。宏章さんに言ってでかけたら、ぜってぇついて来るって!」
「ええっ……?!」
「オレは、成己さんと二人で遊びてぇんだもん」
快活な笑顔を向けられ、うっとたじろいだ。
ざ、罪悪感……! もとはと言えば、ぼくが曖昧なお返事をしたせいやもんね。
でも――ここだけは、しっかりしなきゃ。ぼくは、がばりと頭を下げた。
「綾人さん、ごめんなさいっ! ぼく、お昼ご飯の準備中で……このまま行ったら、宏兄に心配かけちゃいます!」
大根だけ残して、ぼくがいなくなったら……きっと、すごく心配させる。そうしたら、またお仕事の邪魔しちゃう――!
最早半泣きで、綾人さんににじり寄った。
「宏兄に心配させたくないんです……せめて、連絡をさせてもらえませんかっ?」
「ええっ。で、でもなあ……宏章さんに言ったら、芋づる式に朝匡にバレそうだし」
「お願いします……!」
必死に見つめると、綾人さんは頬を赤らめた。
「ぐぬ~……そんな顔されると、弱いなあ。わかった」
「!」
「メッセージ送っとく。それでいい?」
「あ……ありがとうございますっ」
安堵で、からだから力が抜ける。
綾人さんが、素早くスマホの画面をタップして、見せてくれる。
「こんな感じで送っといたっ」
『成己さんと遊んできます! 夕方くらいには送っていきますので、ご心配なく。成己さんが、お仕事がんばってだそうです。』
ぼくが画面を覗き込んだと同時、「既読」のマークがつく。――そして、間髪入れず着信画面に切り替わった。相手はもちろん、「野江宏章」と表示されていて。
「うお、やべっ!」
「あっ!」
綾人さんは大慌てでスマホの電源を切り、ポケットにねじ込む。迅速すぎる対応に、ぼくは呆気に取られた。
「あ、あの。どうして電源まで?」
「いや、ぜってぇ出るまで掛かってくるから! そんで、出たら最後、場所特定されるパターンだよ。いい人だけど、朝匡の弟だし油断できねぇ……」
「?」
両腕で体を抱いて、ぶるぶる肩を震わせる綾人さんに、ぼくは首を傾げた。
――綾人さん、すごい怯えてはる。ひょっとして、お兄さんてよっぽど怖い人なんやろか……
昨日、うさぎやにいらっしゃったときの様子からして……すごく保守的なアルファの印象はあったけど。「一人で出歩くな」って怒ってはったし。
心配になって、じっと見つめていると、綾人さんが気づいて、咳払いをする。
「あ――とにかく、これで後顧の憂いは無くなったよな」
「えと……そうです、ね?」
けっこう、強引な感じはするけど……。
でも、宏兄にぼくの所在を伝えられて、よかった。これで、ひとまず誘拐と思われることはないはず。
曖昧にほほ笑むと、綾人さんにぎゅっと手を握られた。体温が高くて、手のひらの皮膚が厚い――なにか、競技をしてるんやろうか。
「じゃあ、オレと遊びに行ってくれる?」
「!」
真っ直ぐに見つめてくる目に、ちょっぴり不安が滲んでる。大きいのに、子犬みたいに幼気で――ぼくは、思わず手を握りかえしていた。
「はい、わかりました」
頷くと、大きな笑顔が咲いた。
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