第113話

 湯上りでほかほかの体で、ベッドに腰かける。

 

「……申し訳ないなあ。ぼくだけ、先に休ませてもらって」

 

 ぴたりと閉じたままの寝室のドアを見て、独り言ちる。

 宏兄は、まだ仕事をするからって、書斎にこもってるねん。先にお風呂に入って、休んでていいよって言われたん。「お手伝いさせて」って、お願いしたらね――

 

「ありがとうな。でも、今日は休め。色々あって、疲れてるだろう」

「ぼ、ぼく元気やでっ。いっぱい打てるよ。お茶だって……!」

 

 ポメラを抱えて食い下がるぼくに、宏兄は苦笑する。

 

「そんなに焦らなくて大丈夫だ。仕事も俺も逃げないし。元気になったら、いやってほどお願いするからな」

「宏兄……」

「な。いい子にして、おやすみ」

 

 そう囁いて――ぼくの顎をすくい、宏兄は頬にキスをした。


 

 

「あうう。お休みのキスなんて。宏兄ってば、キザすぎるよ~……!」

 

 熱る頬を手のひらで覆って、呻く。

 甘い仕草に呆けている間に、あれよあれよとお風呂に押し込まれていて。今、ここに至るというわけなんやけど。

 

 ――結局、お言葉に甘えちゃってるし……

 

 ぽふん、とベッドに横ざまに倒れ込む。すると――やわらかい布団に体が沈みこんで、ぐったりと手足の力が抜けちゃう。頭が持ち上がらない。

 

「……うぐぐ」

 

 ぼくは、何とか布団をはぐると、体を中に滑り込ませた。 

 それだけで、全力で走った後みたいに、体が重い。……宏兄の言う通り、思っていたより疲れていたんやろか。

 

 ――今まで、こんなんじゃなかったのに。風邪が治りきってないのかなあ……?

 

 首を傾げつつ、お腹を手のひらで擦る。

 ……なんにしても、楽しく遊びに行っておいて、この体たらくはあかんよね。

 お布団にくるまって、しゅんとする。

 

「宏兄は、お仕事頑張ってるんやから……!」

 

 そもそも、ぼくのために、宏兄のお仕事の手を止めてしまったわけで。

 それで、今も頑張って書いてるに違いないのに。ぼくときたら、一人ぐうたらで……

 ぎゅっと布団を握りしめる。

 

 ――明日こそ、もっとちゃんとするんだ!

 

 優しい宏兄に、恩返しできるように。ただでさえ、お世話になりっぱなしなんやから……

 そう意気込んだとき――しくん、とお腹が痛む。


「あてて……」


 お腹を抱えて、背を丸める。


 ――いややなあ、この差し込み。癖になってる……


 まるで、陽平の置き土産みたいや――そんな風に思って、気分が沈む。

 また健診にいくから、中谷先生に相談してみようかな。

 のろのろとお布団を引っ張り上げたとき……ピコン、と通知音が鳴った。

 

「……!」

 

 サイドチェストの上で、充電してるスマホやった。

 

「なんやろ……よいしょ」

 

 ずりずり……とお布団の中を這い進んで、スマホに手を伸ばす。通知はメッセージのアプリからで、その差出人を見て、ぼくは目を丸くした。

 

「えっ?」

 

 

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