第112話

 友菜さんは、大学の近くの通りで降りて行かはった。

 

「ありがとうございました!」

「いえ、こちらこそ」

 

 綺麗な礼をする友菜さんに、宏兄が鷹揚にほほ笑んだ。

 

「友菜さん、今日はありがとうございましたっ。お会いできて、嬉しかったです」

「私も! 成己くん、また遊ぼうね」

 

 快活な笑みを浮かべ、大学へ向かう友菜さんは颯爽とした足取りやった。

 その背中を見送り、ぼく達も家路につく。

 

「活気のあるいい子だなー。成が慕うのもわかる」

「うん、すごく優しいねんで。困ってる人がいるとね、いつもぱーって、駆けつけてかはるん」

「そうか、そうか」

 

 宏兄は、穏やかに頷いている。いつもと同じ大らかな横顔を、ぼくは少し不思議な気持ちで眺めた。

 

 ――やっぱり、さっきの宏兄と違う……

 

 今はもう、いつもの気の良いお兄ちゃんに戻ってる。

 さっきの宏兄は、何て言うか――すごく、大人に見えてん。いや、もともと大人なんやから、当たり前なんやけどね。

 

「……」

 

 そう思うのに――大人らしく、親し気に話すふたりの様子が、頭の中をうろうろする。

 ぼくは、手をもじもじと組み合わせ、尋ねた。

 

「……ねえ、宏兄」

「ん?」

「えと。友菜さんと、お知り合いやったんやねっ」

「ああ――と言っても、俺の面識があるのは父君の方でな。彼女とは、ちゃんと話したのはさっきが初めてだぞ」

「そ、そうなん……!?」


――それでもう、あんなに仲良しに!? よ、よっぽど気が合ってるんや……!


 ぼくは、ガビーンと頭に石が落っこちてきたみたいに、ショックを受けた。

 しょんぼりとドアに凭れていると、宏兄が不思議そうに問うてくる。

 

「どーした?」

「な、なんでもないです」

 

 ぼくは、慌てて頭を振る。大好きな人たちが仲良しで……嬉しいはずやのに、「寂しい」なんて言えへんし。すると、宏兄は「ほう」と首を傾けた。


「ひょっとして。妬いてくれてる、とか?」

「!」


 ぎょっとして振り返ると、宏兄は上機嫌に笑っている。ぱっと頬が熱くなった。

 

「ち、違っ。ぼく……世間は狭いなあって、びっくりしただけやもん!」

「ははは。照れるな、照れるな」

「宏兄っ、違うの! ぼく、ヤキモチなんかせえへん!」

 

 ぼくは、おろおろと言い募る。


 ――だって……宏兄は大事なお兄ちゃんやし、友菜さんは大事な先輩やもん。

 

 ヤキモチなんて……ぼくが、ずっと蓑崎さんに抱えてたみたいな、醜い感情。

 そんな風に、ふたりに思うはずがない。

 胸が苦しくなって、俯くと――宏兄が言う。

 

「成はいい子だなあ」

「え……?」

 

 穏やかな声に、目をぱちりと瞬く。宏兄の横顔は、穏やかに笑んでいる。

 

「でも、嫉妬ってそんなにいけないのか?」

「……!」

 

 嫉妬はいけないかって――? その問いにこそ、ぼくは戸惑ってしまう。

 

「それは……あかんと思うよ」

「ほう。なんで?」

「な、なんでって……それって、邪魔にしてるみたいで……嫌な人やない?」

「ははは!」

 

 真剣に話してるのに、宏兄は爆笑してきた。ガーン! と大きな石が頭に落ちてきた気分で、ぼくは手を振り上げる。

 

「ひどいっ、笑った!」

「ふふ、ごめん。可愛くて、つい……」

「褒めてなーいっ」

 

 ぷんぷんしていると、宏兄は「悪い悪い」と笑い交じりに謝ってきた。

 

「やっぱり、成はいい子だなー」

「む……」

「心配しなくても、俺はどんなお前も好きだぞ?」

「も、もういいですっ。わかりましたっ」

「そうか? 残念」


 やわらかな声は、子どもに向けるみたいに優しくて……怒ってるのがむずかしい。さらりといなされて、振り上げた拳は、力なく膝の上に落ちてった。

 

 ――やっぱり、宏兄からすると、ぼくって子どもなんやろなあ……

 

 もう少し、ぼくが大人になったら……ぼくにも大人っぽく接してくれるかな。

 しゅんと肩を落とした。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る