第111話

「すみません、送って頂いて……」

「いえいえ。こちらこそ、成がお世話になってますから」

 

 いたく恐縮する友菜さんに、宏兄がハンドルを操りながら、笑う。

 近くの駐車場に停めてあった、宏兄のワゴンに乗り込んで、大学へと向かう最中やった。


「友菜さんは三年生でしたよね。ってことは、就活とか、もう始められてます?」

「ええ。と言っても、父の妨害が凄くって! 二年は外で働きたいって言うのに、納得しないんです」

「あはは。愛娘を外にやりたくないんでしょう」


 後部座席の友菜さんと、宏兄が穏やかに談笑していて。

 座席の都合、助手席におさまったぼくは、テンポのいい会話の応酬に、きょろきょろしていた。


 ――ふたりとも、いつもと違うみたい……?


 いつも通りに朗らかなんやけど、ぼくに話してくれるときより、大人で、親しい感じがするというか。

 大好きな二人やのに、ぼくの知らない人みたいに見えて。な、なんだか、ちょっぴり寂しいです。

 内心で、しょんぼりとしているうちに、話題が婚約のことにきりかわった。

 

「本当におめでとうございます! 野江さんがご結婚されるなんて、凄いビッグニュースですよね」

 

 友菜さんが、弾む声で言う。

 

「成己くん、社交界のニューヒロインになっちゃうよっ」

「あ、あはは……」

 

 おそろしい肩書に、米神を冷や汗がたらーと伝う。

 宏兄は、ご機嫌に頷いている。

 

「はは。いずれ、然るべきタイミングで発表しようと思ってるんですよ」

「あ、じゃあ……それまでは、トップシークレットなんですね」

 

 友菜さんは悪戯っぽく、手を合わせて口を覆った。その時、ちょうど――車が交差点にさしかかり、滑らかに停車する。

 

「お願いします。ああ、でも――」

 

 穏やかに話していた宏兄は、突然言葉を切って……ぼくに手を伸ばした。ふわ、とやわい花に触れる様に、指先が頬を掠めていく。

 

「宏兄……?」

 

 戸惑うぼくに笑みかけて、宏兄は言う。

 

「あなたのご友人になら、話してもらって構いません。成のことで、”いろいろと”……ご心配をおかけしているでしょうからね」

「――!」 

 

 友菜さんが、はっと息を飲んだ。そして――一気に頬が紅潮する。「嬉しい」という感情が、体からあふれ出るみたいやった。

 

「野江さん、ありがとうございます。みんな、とても安心すると思います……!」

「それは、良かったです。お願いしますね」

 

 和やかなやりとりなのに、どこか含みを感じて――ぼくは、首を傾げた。

 なにか、伝えたい言葉に、カーテンがかかっているような……不思議な感触が残る。


 ――なんやろう?

 

「成己くん、安心してね。私、みんなにきちんと説明するから」

「あ……はいっ。友菜さん、本当にありがとうございます」

 

 ぼくはハッとして、友菜さんに頭を下げる。

 友菜さんのご友人は、みんなとてもいい人達で。本当にお世話になったのに、ぼくはご連絡もしないで……心配をかけたままにしちゃうとこだった。


「ぼくもまた、皆さんに会いたいです」

 

 力強く頷く。

 浮かんだ疑問は、霧消してしまっていた。


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