第110話

「成己くん、婚約したんだ!」

「はい。ありがたいことに、ご縁がありまして……」

「おめでとー!」

 

 輝く笑顔を向けられ、少し照れながら頬をかく。友菜さんは、わくわくした瞳で「どんな人?」と訊いてくれる。 

 

「えと、優しくて。幼馴染の、お兄ちゃんみたいな人で」

「優しいお兄ちゃん……いいじゃーん! あたし、成己くんは、ぜったい年上がいいって思ってた!」

「えっ、そうなんですか?」

 

 目を丸くするぼくに、友菜さんはニッと笑った。淡いイエローに染められた指先が、拳銃のように突きつけられる。

 

「だって、無理するタイプだもん。大事にして、可愛がってくれる人のが安心」

「うぐっ」

 

 そ、そう言われて見ると。宏兄に、めっちゃ甘やかされてる気がする……!

 熱る頬を押さえると、友菜さんはからから笑い声を上げる。

 

「幼馴染と結婚かぁ。昔から知ってる人だとさ、急に「結婚」てなっても、なんか良い感じじゃない?」

「あっ、わかります。安心感、ていうか」

「ね! 良いとこも悪いとこも、ぜんぶ知っちゃってるもんね。ウチもねー、レンジとは幼馴染じゃん? だから、やっぱ愛着が……」

「友菜さん」

 

 ぼくはハッとして、チキン南蛮を口に詰め込んでいる友菜さんを見た。

 お皿に、そっとスプーンを下ろす。

 

「あの……近藤さん、どうしてはりますか?」

「それがさあっ。レンジ、ご実家のほうで色々あったらしくてね? 大学休んで、ずーっとグダグダしてんのよ」

「っ、そうだったんですか……」

「流石に、留年するつもりッ?! って、今週から行かせたんだけどさー」

 

 ぼくは、唇を噛み締める。

 

 ――『あの近藤って人、幹部候補から外されたそうよ』

 

 あの時、お義母さんの言うてた通り――近藤さんは、苦しい状況にあったんや。

 罪悪感で、胸が軋む。ぼくが、早くに陽平を説得できていれば、こんな事にならなかったんじゃないかって。

 

 ――ごめんなさい、友菜さん……

 

 思わず俯いてしまうと、友菜さんがぶんぶん手を振った。

 

「ちょちょ、顔が暗い暗い! てか、ごめんね? めでたい席で愚痴っちゃって……」

「……! ううんっ、聞きたいですっ」

 

 ぼくは、慌てて頭を振る。――ぼくのばか! 気を遣わせてどうするんよ。心の中で、自分をポカリとパンチする。

 にっこり笑うと、友菜さんは眉を下げる。

 

「い、いいの? でも……」

「もうっ。久しぶりに会ったんですから、たくさんお話しましょう?」

「成己くん~」

 

 くしゃり、と友菜さんの顔が泣きそうになる。ひらひらと伸ばされた手に、ぼくも手を重ねた。

 ――せめて、友菜さんの気持ちを軽くできたらな。

 

「聞いてよ、成己くん。レンジの奴が~!」

「はい、友菜さん」

 

 

 

 カフェが混んできたら、途中で近くのコーヒーチェーンに場所を移して。本当にめいっぱいお話した。

 

「いやー、超すっきり」

「ぼくもですっ」

  

 心の中がすかっと軽いのに、満足でお腹があったかい。やっぱり、友人とお話するのでしか、摂取できひん栄養ってある気がする。

 通りに出ると、友菜さんは「うーん」と伸びをした。

 

「さーて、大学戻るかぁ」

「友菜さん、四限ですよね。頑張ってください」

「ありがと! 成己くんはどうする?」

「んと。今日は、まっすぐ帰ります」

「じゃ、駅まで一緒にいこ」

 

 そうして、駅についたとき、タクシー乗り場の影から「おーい」と聞きなれた声がした。

 ぎょっとして振り返ると――予想通り、宏兄が笑顔で手を振ってる。

 

「ひ、宏兄!? なんでここにっ」

「いやー偶然。さっき仕事終わってな。ちょうど連絡しようと思ってたんだよ」

 

 にこにこと笑う宏兄に、ぼくは呆気にとられた。

 カフェに来るときも「街に出る用事があるから」って、送ってくれてん。宏兄は心配性やから……ひょっとして、無理してくれたんじゃないかって、不安になる。

 

「ごめんね、宏兄……! お仕事、大丈夫やった?」

「おう、任せとけ。――こんにちは、いつも成が世話になってます」

 

 力強く頷いた宏兄が、友菜さんに会釈し、笑みを浮かべる。

 すると、友菜さんは固まって、宏兄を凝視してる。

 

「野江さん!? 成己くんの婚約者って、野江さんだったの!?」

「あ、はい。幼馴染の……」

「でええ」


 のけ反った友菜さんに、宏兄が目を丸くした。


「ん? ――あ! 西野さんの、お嬢さんじゃないですか」

「はっ――ご無沙汰しております! いつかの乗馬の会では父がお世話になりまして」

「いえいえ、こちらこそ……お父様、お元気ですか?」

「ええ、それはもう!」


 ぺこりと美しい礼を贈り合う二人に、ぼくは狼狽える。


――お、お知り合いやったん? 


 ぴしりと畏まる友菜さんに、鷹揚にほほ笑みかける宏兄。

 二人とも、いつもの雰囲気と違った。オンとオフで言うと、完璧に「オン」の感じ。

 宏兄が、にこりとほほ笑んだ。


「そうだ。今から帰るところなんです。よければ目的地まで送りますよ」


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