第109話

 お昼ごろ――ぼくは、友菜さんとの待ち合わせのために、カフェの列に並んでた。 

 友菜さんに連絡したらね、「とにかく会おう」ってことになってん。

 

「友菜さん、お元気やろか……」

 

 とてもいいお天気で、日よけのルーフがアスファルトに濃い陰を落としてる。

 友菜さんが指定してくれたカフェは、人気のお店みたい。まだお昼前なのに、ぼくの前後に何組かお客さんが待っていた。さりげなく、センター認証店を選んでくれる優しさ……友菜さんは本当にすごいです。

 ――すると、通りの向こうから手を振る人影が。小走りのスニーカーが、トコトコと軽快な足音を運んでくる。

 

「成己くん!」

「友菜さんっ、お久しぶりで――」

 

 近づきしなに華奢な腕が開き、ぱっと抱きしめられた。友菜さん愛用の、さわやかな香水の匂いに包まれ、頬が熱くなる。

 

「わあっ!?」

「ごめんねえ! 会いたかったよー!」

「友菜さんっ……ぼくもですっ。ごめんなさい、ずっと連絡できなくて……!」

「何言ってんの。お互い様じゃん、そんなの! こんなに痩せちゃって」

 

 両手に頬を挟まれ、「ふぎゅ」と声が漏れる。

 キャップの下、勝気な目が潤んでいるのを見て……ぼくも、胸に熱いものがこみ上げてきた。

 友菜さんこそ、ずいぶん痩せてる。きっと、色々大変に違いないのに、ぼくのことまで気にかけてくれて――

 

「友菜さん、ありがとうございます」

「うん。こちらこそ」

 

 ぎゅっと握手して、ぼく達は笑い合った。

 


 

 

 お店の中は、冷房が効いていてとても涼しい。バターと卵の甘い匂いの漂う店内の、窓際の席でくつろいだ。

 

「あたし、パンケーキと日替わりランチにするー」

「えと。ぼく、オムライスとパンケーキにしますっ」

 

 スマホで注文を済ませて、お冷を用意すると、お話の準備が万端になる。


「成己くん、最近どう?」

「元気です。友菜さんは、そろそろ試験ですか?」

「ん、まあね~……」


 お互いに、手探りの会話をしているのを感じ、顔を見合わせる。


――近藤さんの様子、聞きたいけど……不躾かなあ……


 でも、お義母さんの言ってた通りの状況なら――友菜さんは、よほど辛い思いをしてるはずやもの。

 友人として、何か力になりたい。

 うんうん悩んでいると、友菜さんがおしぼりを握りしめ、身を乗り出した。

 

「ねえ、成己くん。……ちょっと、のっけから突っ込んだ話してもいい?」

「は、はいっ。なんでしょう?」

 

 痛いほど真剣な様子に、どきりとして身構える。

 

「ごめん。友達に、聞いたんだけどさ。成己くん、城山くんと別れたって……」

「!」

 

 殆ど聞こえないほど、小さな声で囁かれた言葉に、ぼくは目を見開く。

 友菜さんが言うには――ぼくが、陽平と別れたこと……学校の方でも、公然となってるんやって。

 なんでも――陽平がそう宣言したらしく。

 返事に詰まるぼくに、友菜さんは忙しく両手を振った。

 

「ご、ごめんね! ぶしつけなこと聞いちゃって……!」

「い、いえ。大丈夫です! 本当のことで、驚いちゃって……」

「……そうなんだ。あのさ、大丈夫……なわけないよね」

 

 友菜さんは、気づかわし気に眉を顰める。

 自分の痛みのように、ぼくのことを思ってくれてるのが伝わってくる。――これほど、心配をかけていたなんて。

 

「あ、ぼく――」

「ねえ成己くん。……あたし、何か出来ることないかな?」

「えっ」

 

 友菜さんの手が、ぼくの手を包んだ。

 

「ほら、あたしさ。小さいとは言え社長令嬢だし。何か、力になれるかもしれないから」

「……友菜さん」

 

 あまりに暖かい眼差しに、息を飲む。

 今日、このために来てくれたのが、ハッキリわかったから。

 

 ――近藤さんのこと、すごく心配なはずやのに。友菜さんは、どうしてこんなに優しいんやろう……

 

 ぶわ、と熱が上った瞼を、手のひらで押さえた。

 自分のことばっかりやった自分が、情けない。

 ……ぼくも、もっと強くならなくちゃ。

  

「ごめんなさい。本当に、ありがとうございます……!」


 ぼくは、友菜さんに深く頭を下げた。

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