第103話

「……」

 

 車窓に、ぼくの情けない顔が映ってる。いろいろ思い出したせいで、心がじくじくと痛んでいた。

 

 ――今回のことは……ぼくが、きちんと城山家に入れなかったから……こうなったのかも。

 

 ぼくが、お義母さんの求める基準に応えられなくて……陽平の伴侶として、頼りなかったから。

 お義父さんも……ぼく自身を、陽平の伴侶として気に入ってくれたんじゃない。

 やから……ぼくやなくても、良いって思われちゃった。

 

 ――きついなあ……

 

 もし……ちゃんと、家族の一員として認められていたら。

 あんな風に、ぽいって放り出されちゃうことも無かったかもしれへん。

 

「……はぁ」

 

 窓に寄り添って、きっと目を瞠った。気を抜くと、涙が零れそうで……夜景をじっと見つめる。

 宏兄は、ずっと黙っていて――ゆっくりと、運転してくれていた。

 

 



 

 翌朝は、よく晴れていた。

 ぼくは、うさぎやの店先を、ほうきでせっせと掃除する。お店を休業中とはいえ、綺麗にしといた方が運気あがるもんね。

 

「ふぁ……」

 

 欠伸が漏れた。袖で、目尻に浮かんだ涙を拭う。

 

 ――いろいろ考えちゃって、なかなか眠れなかったよう……

 

 折角、たくさん楽しかったのに。ぐちゃぐちゃ考えちゃうのって、よくないってわかってたんやけど。

 ぱちん、と頬を叩く。

 

「ええい、考えてても仕方ないんやから……目の前のことに集中!」

 

 宏兄は、昨日の夜からもお仕事してたって言うのに。ぼくも、頑張らなくちゃ……!

 一人でせっせと道を掃き、雑草をぶちぶち抜いた。

 

「えいっ、えいっ」

 

 夢中になって作業してると、少しづつ汗ばんでくる。

 夏の朝って心地良い。頭がすっとして、からだが良く動いた。次第に楽しくなってきて、お店の前だけでなく道沿いをずんずん進んでいく――

 

「……うん、満足っ」

 

 終わるころには、砂埃と雑草がこんもりと山を作ってた。自分の成果に、ニコニコしていたら……後ろから声をかけられた。

 

「あの。この近くに「うさぎや」という店はありますか」

 

 低くて、つやのある声。――宏兄の声に似てた。振り返って、ぼくはぎょっと目を丸くする。

 すごく背の高い、男の人が立っていた。立派なスーツに身を包んで、とんでもなくゴージャスな……なんとなく、既視感のあるひと。

 

「あ……」

「もし?」

 

 固まるぼくに、男性は怪訝そうに片眉を跳ね上げる。その顔に、記憶の扉がノックされた。

 

 ――『おい、そこのお前。アクティビティルームってのは、どこなんだよ』

 

 ぼくの大切な人に似てるけど、全然違う人。センターで一度だけあったことがある。もちろん、そのときは向こうも子供で、今がどうなってるかは存じ上げないけど……

 

 ――こ、このひと……ひょっとしなくても……

 

 ごくりと唾を飲む。

 すると、二軒ほど後ろで、お店のシャッターが、がらりと上がった。

 

「成ー。朝メシできたぞー」

 

 笑顔の宏兄が、ひょいと顔を出す。次の瞬間……男性が、怒鳴った。

 

「――宏章!」

「え、兄貴?」

 

 宏兄が、きょとんと目を丸くした。

 や……やっぱり、お兄さんやったんや……!

 

 

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