第101話

 そして、数十分後。買い物を終えたぼく達は、同じフロアにある喫茶店に入ったん。

 大きな百貨店は、センターの認証店が充実してるので、オメガのぼくも安心して入ることができる。ちょうどおやつ時で、ほんのりとカレーのいい匂いのする店内には、楽しそうなお客さんで賑わってた。

 

「いやぁ、楽しかったなあ」

「あ、あはは……」

 

 にこにこと満面の笑みを浮かべた宏兄が、メニューを開いて見せてくれる。その隣の椅子には、荷物置きに収まらなかったショッパーが、でんと鎮座していた。

 恐ろしいことに、殆どがぼくのだったりする。

 

 ――結局、すっごい買ってもらっちゃったよう……

 

 大きなお買い物に、心臓がドキドキと鼓動する。

 どうしよう――ぼくの貯金では、到底お返しできないっ。平静を装いながら、頭の中はてんてこ舞いやった。

 

「俺はサンドイッチにしよう。成はどうする?」

「えと……ぼくは、アイスクリームでお願いします」

「わかった。コーヒーでいいか?」

 

 頷くと、宏兄が店員さんを呼んで、サンドイッチとアイスクリーム、コーヒーに……なぜか、ホットケーキを注文する。

 しずしずとお冷を飲んでいると、宏兄がじっとぼくを見つめてた。

 蜂蜜みたいに甘い目に、どきりとする。

 

「ど……どうしたの?」

「うん。可愛いなあと思って」

「ぶっ」

 

 臆面もなく言われて、お水を噴きそうになった。


「な、何言うてるんっ? 褒めても何も出ませんからねっ」

「そうか? お前を見てたら、視力が良くなりそうだ」

「もう……すぐ、からかうんやもん」


 ぱあっと、頬が熱くなる。

 ぼくが身にまとうのは――買ってもらったばかりのサマーニットと細身のパンツ。宏兄にすすめられて、そのまま着てきたんよ。

 ホワイトとライトブルーのボーダーが爽やかで、クール過ぎなくて。自分で言うのも何やけど、似合ってる気がします……


 ――でも、宏兄は、ぼくを甘やかしすぎやと思うっ。


 ぼくは狼狽えて、じっと宏兄を見上げる。


「宏兄っ。どうして、いきなりショッピングなん? ――お兄さんが会いに来るって、話してたはずやのにっ」


 あれよあれよと百貨店へ連れられて、こんなにお買い物してもろて……

 すると、宏兄はきょとんと目を丸くする。


「どうしてって。普通にデートだぞ」

「デ……?!」


 予想外の言葉に、ぼくはあんぐりと口を開ける。


「出かけるには、いい機会だなって。お前の服、選んでみたかったんだよなあ」

「えええ」


 そうやったん!?

 でも、言われてみれば――宏兄も、今日は綺麗なネイビーのカットソーを着てる。シンプルなのが返って素敵で、あちこちの席から、熱い視線が集まってた。


「この後、どうする。映画でも観るか?」

「あ……待って!」


 うきうきしている宏兄に、慌ててストップをかける。


 ――お洋服も、映画も。気持ちは、すごく有り難いけど……!


 今は、いっぱいいっぱいで……。

 お兄さんと会う準備とか、しなくていいのかなって。

 そう言うと、宏兄はからっと笑う。


「いいよ。兄貴の奴、「三日以内に行く」ぐらいしか、言わなかったし。その間、ずっと緊張してたら疲れるだろ?」

「う……それは、たしかに」


 ずっとこの調子で、「何時いらっしゃるかな」って考えてたら、パンクしちゃうかも。


「な。のんびり遊んでよう」


 おずおずと頷くと、宏兄は励ますようにほほ笑む。


「大丈夫。そんなに構えなくても、俺がいる。どうも気が重いなら、会わなくってもいいんだから」

「えっ! そ、そういうわけには行かへんよ……!」

「はは。俺はとっくに独立してるし、結婚は二人の問題だよ。気にすることないさ」


 あえて軽い口ぶりで、宏兄が言う。きっと、ぼくを気にさせまいとしてるんやと思う。

 宏兄は、本当に優しいから。


――やからこそ……ぼく、宏兄のご家族に、嫌われたくないんよ……


 もう二度と、失敗したくないもん。

 ぼくは、膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。


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