第98話【SIDE:陽平】

 ベッドを激しく軋ませて、俺たちは抱き合っていた。たがいの体がぶつかるたびに汗が飛び散って、部屋中に官能的な香りが満ちている。


「晶……!」

 

 正面から深くまで繋がると、長い脚が強く腰に絡みつく。……獲物を逃がすまいとするような、みだらな仕草。発作が起こると、晶はすごく大胆になって、俺を求めてくる。

 負けじと、薄く開いた唇にキスをすると、すぐに舌が奪い去られた。

 情熱的に絡んでくる舌に、官能が揺さぶられる。

 

「陽平っ……」

 

 唇が離れた刹那、晶が甘い吐息を零す。

 名を呼ばれ――ふと、記憶の扉が緩んだ。

 

 ――『……っ、陽平……』

 

 小さく、押し殺したような吐息。

 キスの最中――怯えるように縮こまっていた、やわらかな舌。追いかけて強く絡めると、泣くように吐息を震わせていた。

 全然、官能的じゃない――初心で、不器用なキス。

 なのに、初めて触れた感覚に、俺は……

 

 ――考えるな!

 

 強く目を閉じ、意識から感覚を閉め出す。

 

「……陽平?」

「……ぁ」

 

 急に動きを止めた俺に、晶が不思議そうに声を上げる。

 

「どうしたんだよ……?」

「……なんでもねえ」

 

 強く腰を送ると、晶がのけ反った。俺の体に絡む四肢に、きつく力がこもり……強く締め付けられた。深い快楽に、押し殺しようもなく、吐息が漏れる。

 

「……晶っ……!」

「あっ……陽平……!」


 ぶわ、と噎せ返るほどのフェロモンに、脳髄が痺れる。――包まれていると、思考があやふやになり、目の前が赤く染まっていく。

 

 そうだ――夢中になっていれば、なにも考えないで済む。

 

 俺は、快楽に身を任せ……白い体に身を深く埋めた。

 

 



 

 

「……ん」

 

 行為に疲れ果て、少し眠っていたらしい。

 ベッドから身を起こすと、からだが重く気だるかった。隣では――裸の晶が、安らかに寝息を立てている。発作は止んだらしく、噎せるほどのフェロモンは治まっていた。

 

「水……」

 

 布団をかけてやり、裸のままベッドを下りる。ギシ、と軋む音が響いた。

 新しいベッドは、以前のものよりマットがやわらかい。――あいつが出て行ってから、届いたベッドだった。わざわざ返品するのも面倒なので、使っているけれど。

 

「妙なとこ、羽振りやがって……」

 

 当てつけのつもりかよ、と悪態を吐く。

 馬鹿みてえに怒って、全部捨てて。わざわざ、自分が寝もしないベッドを、置き土産にするなんて。

 

 ダイニングは、カーテンが開きっぱなしで、薄闇だったはずの空は真っ暗に変わっている。

 

「ちっ。閉めとけっつーの……」

 

 誰に言うでもなく言い、自分でカーテンを引く。

 テーブルの上のスマホを確認すると――十時を過ぎたところだ。色々と通知が来ていたものの、返事をする気にならず、またテーブルに伏せておく。

 

 ――……なんか、だりぃな。

 

 キッチンに入って、冷蔵庫からビールを取り出した。一息に呷ると、喉がかっと熱くなる。

 

「……ふう」

 

 酒でぬるくなった息を吐くと、胸が少し軽くなる。

 しているときは、夢中だから良い。でも――セックスをした後は、決まって胸がもやもやした。いわゆる、賢者タイムというものかもしれないが……こうなると、いつも飲まずにはいられない。

 二本目のビールを持って、だらだらとキッチンを出て……目を見開く。

 

「……ッ!?」

 

 ダイニングの、窓際。

 華奢な背を丸める、後姿が見えた。いつもの変なクセで、丸いサボテンに話しかけているのか……淡い茶色の髪が、今にも振り返りそうに揺れている。

 

「……成己」

 

 しかし、名を呼んだ瞬間――その姿はかき消える。

 気が付けば、さっき引いたカーテンが、エアコンの風で揺れているだけだった。あいつも……あの丸いサボテンも、そこには無い。

 当然だ。……センターの職員が、数日前に引き取って行ったんだから。

 

「……はっ」

 

 あんまり馬鹿らしい見間違えに、自嘲の笑いが漏れた。

 

 そうだ。あいつは――成己は、センターにいるんだ。

 ここに、いるはずがねぇ。

 

 わかり切った事実を、再確認しただけのことだろう。

 それなのに――俺は、しばらくそこに立ち尽くした。

 

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